元就といい子
「いやあ、君は本当に努力家だね」
熱心にルーズリーフと元就が今まで書いてきた著作を交互に見つめる乙女。彼女の手元にあるのはシャープペンシルだ。彼女と彼女の持つものだけが、この空間、いやこの時代の中で異彩を放っている。
「だって、こんなにも沢山あるのに後世に伝わっていないんですよ。私、元就さんの書いた本をいつでも読めるようにしたいんです」
乙女が懸命に書き留めているのは元就の書いた、冗長だと揶揄されがちな書物の中身だった。それらは数が多く、到底写しきる事などできないだろう。だが乙女は、この時代に飛ばされた際に偶然持っていたままだった道具を用いてひたすら書き続けている。読めない文字があれば元就に口頭で読んでもらって、そういう作業を続けているうちに乙女はほとんど自力で読むことができてしまっていた。
「君みたいないい子に著作を褒めてもらえるなんて、私は幸せ者だ」
皆、冗長だと言って読んでくれないからね。元就は、顔をしかめながら書き殴っている乙女とは対照的に笑っている。
乙女が元の時代に帰れる保証はない。この地に骨を埋めることになるかもしれない。それでも、乙女は書くことを諦めたくないと思っていた。スマホも鞄もなくなっていたのに、新品のルーズリーフと芯が詰まったシャープペンシルだけはなぜか彼女の体と共にここに流れ着いていたのだ。
「私がここにいる意義は、きっとこれですから」
これは、自分に課せられた使命なのだ。乙女はちらりと元就を見やった後、再び手元に視線を落とした。
(20240704)