くのいちと悪い子
乙女は構えた武器を下ろして、地に伏せているくのいちの姿を見下ろしていた。哀憐の情を抱きながら、未だに諦めようとしない彼女のことを見つめている。
「あんた、本当に……嫌な女。悪い女。最悪な女。幸村様にも、世話になってたのに。この……恩知らず」
くのいちは喚いて、それでもまだ立ち上がろうとした。乙女もぼろぼろだったが、彼女はその比ではなかった。
裏切りなど、この世では当たり前のことであるはずだ。乙女はそうやって生きてきた。それが最善だと思っていた。だから、一人の人間のために命を燃やす彼女のことは、生涯をかけても理解できない存在だった。
「私がそういう女だったってこと、分かっていたはずでしょう」
乙女はそういってからくのいちに背を向けた。とどめを刺すこともなくその場から立ち去ろうとする彼女に対して、くのいちは無性に腹が立った。
「あたしだって……分かってるはずだった」
いつものようなおどけた口調は、すっかり消え去っている。くのいちはゆらゆらと地に足を付けて、後ろ姿に向かって力を振り絞って言った。
「けどさ、あんたのことをほんの少しでも信頼してたあたしがバカみたいじゃん。それを認めちゃうなんて」
振り返った乙女はくのいちの言葉に対しても一切の揺らぎはないようだった。
「私もあなたのことは、心から信頼していた」
簡素なその言葉さえも、なぜだか嘘には思えなくて。くのいちは去っていく彼女の背中に苦無を投げることもできずに、ただその場に立つことしかできなかった。忍びには不要な感情だったが、こう思わずにはいられない。ここが乱世じゃなかったら、仲良くなれていたのかな。

(20240705)
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