その瞳に映るのは私だけでいい
※エンパっぽいかもしれない
「曹丕様。これで満足ですか」
「ご苦労」
曹丕は報告に来た女の頭の先から爪先に至るまでを舐めるように見つめ、小さく舌打ちした。女の露出した手足は傷だらけで、所々に包帯が巻かれている。偵察を命じただけなのに、また傷を増やしたな、この女は。曹丕は苛立ちを抑えられずに、彼女から受け取った書簡を乱雑に投げ捨てる。挑発的な態度にもびくともせずに女は悠然と微笑んでいた。
「それでは。私、まだやることがあるので」
颯爽と立ち去る女を、曹丕は咎めずに見ていた。次の戦では、女はどれだけの傷を抱えて帰還するのだろうか。
強さは疑いようもない。だが変わった女だ。やはり気に入らぬ。曹丕は書簡を開いた。
心を奪うにはどうすればいい。今まで私に靡かない女などいなかった。人妻を奪って我が物とした経験さえある。だが最後には誰であっても私に縋り甘い声で鳴くのだ。それはどの女でもそうだった。だがあの女は違う。忌々しい、と思って曹丕はもう一度舌打ちする。次の戦いも女は体をぼろぼろにして帰ってくるのだろう。その姿を想像して、曹丕は再び書簡を地面に叩きつける。つなぎとめていた紐が解け、木の板がばらばらと飛び散った。自分らしくないと思って、曹丕は己の頬を叩く。自分にここまでのことをさせる、あの女。憎しみの感情さえ覚えてしまうのだ。
女は傭兵だった。名前は乙女と言い、同じように身分の低い人間たちとともに傭兵集団を形成して戦い続けていた。金さえ与えれば従事する小汚い集団であると曹丕は信じて止まなかった。だからこそ油断していたのだとも思う。小競り合いであったが、戦闘が起こった。領土、境界線を広げたり縮めたり。くだらないことではあるが、天下を統べるためには仕方のないことである。曹丕は大げさなほどの大軍を連れて戦場に赴いた。はずであった。敵軍の主力部隊はほぼ壊滅することができたのだが、乙女が率いる少数部隊の奇襲は混乱と破滅を曹丕にもたらした。
信じられなかった。だが信じるしかないのであって、曹丕は大将であるにも関わらずしんがり同然のまま、危険を冒しながら撤退することになった。酷く不愉快だった。その態度は到底隠すことができなかった。曹丕自身も大怪我を負い、心身ともに疲労した。
だが曹丕が抱いたのは憎しみではなかった。ほしい。あの女が欲しい。鎧をほとんど身にまとうことなく、それでいて肌は雪のように白い。武力だけでなく、統率力、知略にも優れている。一傭兵の長としておくにはもったいないとしかいいようがない。曹丕は自分の怪我が治ってきたとき、乙女に便りを送った。我が配下となれと。ただし条件があった。それは、今まで率いていた部下は彼女とは全く関係のない将の配下に置き、乙女だけは曹丕直属の部下となるということ。どちらにせよ金と衣食住は保障するのだから、それほど不利な条件ではない。
彼女を雇う。それも、大金だ。彼女の以前の雇い主よりも金を積む。それは陳腐な策ではある。だが彼女はそれに応じた。あっさりと。数回程度の問答はありそうな気もしたが、乙女はすぐに曹丕に雇われることに対して是を示した。
彼女に復讐しようなどいう気持ちにはならなかった。だが、その心は壊してやりたいと思った。それは臣下を喪い自らにも傷を負わせたことに関する意趣返しという一面も否定できるものでは無いが、それよりも曹丕は、あの気高い女戦士が自分に媚びへつらう姿を見たいと思った。ほかの女と同じように。それは復讐などという生温いものではない。
「私を雇うなんて、随分と優しいことをするのですねえ。私のこと信頼しちゃって……」
乙女は開口一番にそういった。それもそうだろう。曹丕にとっては部下の仇にあたる人間だ。乙女も人間同士の情にとらわれない傭兵らしく、遥かに高い身分の曹丕を煽るような口ぶりで話す。仲が良くなるとは思えない。傭兵を一番の傍に置くなど。そのような誹謗が向けられることもあった。
「貴様は金で動く。金さえあれば裏切らない。そうだな?」
「まあそうですけれど。私、金さえなくなればすぐに出ていっちゃうかもね」
乙女は笑う。常に動きやすい服装をしているらしい彼女は、平時でも隙がないように見える。化粧はほとんどしていないが、紅だけは真っ赤に塗られていて、不気味さを醸し出しているように見える。得体の知れない、信頼できないような雰囲気は見た目からでも感じることができるようだ。戦うことが仕事であるはずだが、露出した肌は傷一つない。それほどまでに腕があるのだろう。これもまた傭兵稼業という生き方が為せるものなのかもしれない。
「今宵、私の部屋に来ることだ」
曹丕は口角を上げたまま立つ乙女の胸倉を掴み、その顔を自らのものに近づけた後、耳元で囁いた。曹丕の方向からでは、彼女の顔は見ることができない。だがその表情は全く変わっていないように感じた。
「追加の金は」
やはり、瞬き一つすらしていないのだろう。図々しいこの女の耳元で、曹丕は喉を鳴らした。
「期待をしてもいい」
乙女はそこで初めて、声を出して笑った。
彼女が「部屋に行く」という行為を本当に理解しているのか、それとも理解していないのか。どちらにせよ、曹丕自身はどうでもよいと思っている。律儀に曹丕の私室を訪れた彼女は朝に見たときと寸分変わらない恰好をしていて、相変わらずの微笑みを携えている。その笑みを今から自分が壊し、嬌声しか出せぬようにしてやるのだと思うと、曹丕はまるで戦場にいるかのような高揚感を感じた。己の中に流れる血が、ふつふつと沸いていくようだ。
「曹丕様。私を楽しませてくれるのでしょう」
その意味を知らぬほど、武にのみ生きていたわけではないというということだ。相変わらず慇懃無礼な彼女の仮面を割るのが楽しみだと曹丕は思う。そうして彼ははつかつかと歩み寄り、乙女の腰を掴んだ。このような卑しい傭兵風情、寝台に縫い付けるほどの価値もない。乙女の背中を押し机の上に手を付けさせる。振り返って曹丕の瞳を見つめる彼女は妖艶に、その潤んだ唇を薄く開いていた。
「今から行う行為の意味を知らぬほど愚かではあるまい。金を貰ってよがるなど、まるで情婦のようだな」
「私を悦ばせてから、そういう事をいってくれる?」
曹丕を煽る乙女を黙って見下ろし、彼は乙女の衣服の下に雑に手を突っ込む。胸元に冷えた手のひらが入り込み、乙女はびくりと体を跳ねさせた。もう片方の手で帯を解き服を脱がしにかかる。女の着ているものは暴くが、自身は肌を見せようとしない。寝台に移動することもせずに、立ったまま終わらせようとする。そこに曹丕の傲慢さが現れているようだ。
「その減らず口がいつまで叩けるか」
「さあ、ね」
乙女は余裕を保っている。服を脱がされ肌が顕になってもそれは変わらない。だが曹丕は彼女の背中、腰を見て、思わず絶句した。
腕や足と違い、所々に痣のようなものが残っている。消えかかってはいるが、何らかの暴力を振るわれたことには違いない。部下に殴られたのか? この強情な女が? 曹丕は思わず思考を引きずられそうになるが、すぐに思い直して再び乙女の柔らかい肉に触れる。この女を啼かせてやるのは私の役目だ。この女は私のものになるのだ。そう思うと心臓が跳ねるようにどくどくと音を立てる。ろくに慣らしもせずに指を突っ込むとそこは濡れてもいなかったが、乙女は優雅に笑っているままで、苦痛に呻くことも快楽に喘ぐこともなかった。それは曹丕が剛直を突き立てても、腰を引き寄せ打ち付けてもなお、首筋や肩口に噛み付いて跡を残しても、それは変わることはなかった。
乱れた体を清め、脱ぎ捨てられた衣服を纏って乙女は部屋を出ていった。その手には曹丕が握らせた金貨がある。
彼女を陥落させることはできなかった。今までどんな女でさえも自分に堕ちてきたというのにも関わらずである。
なぜだ。曹丕は奥歯を噛み締めた。たかが傭兵風情が。それはかつて戦場で彼女に負かされた時に抱いた感情と同じだ。
「曹丕様。私、これくらいのことでは何とも感じないの」
去り際、乙女は曹丕の耳元でそう言った。その掠れた声は脳髄にまで響き渡るようで、曹丕は気味が悪いと思った。曹丕が乙女にしたように囁いた彼女。どこまでも己を馬鹿にしているのだ。
肉体は手に入れた。心を我がものとするにはどうすればいい。曹丕はほくそ笑んだ。まだ負けたと決まったわけではない。犯すだけでは温い。他の手段を考えなければならないのだろう。
最後に全てを手に入れるのは私だ。私でなければいけないのだ。あの女を服従させる。明日から面白い日々が続くと思った。
乙女は良く働く。それまで自分が指揮していた人間ではない男たちを操り戦っていたのだが、それでも有り余るほどの功績だった。傭兵にしておくのはその才能を腐らせてしまうようなものだった。それほどまでに乙女は優れた人間だった。
曹丕に犯されたにも関わらず、恐ろしいほど曹丕に忠実だった。された命令は必ず遂行するし、それ以上の戦果を持ち帰るのは常のことだ。だが曹丕には気に入らないことがあった。
近頃の乙女は、その玉のような肌に傷を付けて帰ってくる。刃物で斬られたり、時には弓矢が足に刺さっているまま帰還したこともある。
命知らずにも程があるだろうと、部下に窘められる姿をよく見る。曹丕はその度に腸が煮えくり返るほどの思いに襲われていた。無論、乙女はそのような曹丕の感情には気づいていない。冷静に振舞っている彼の中では、燃えさかるほどの執着心が渦巻いている。それを乙女は知らない。
「乙女」
曹丕は至って平常心を保って乙女に声を掛ける。乙女は体のそこら中に小さな裂傷を作っていた。
「何でしょうか。私、命令通りのことをしましたよ」
体の感覚がおかしいのだろうか、この女は! 曹丕はただでさえ傷だらけで血が滲む包帯が巻かれている彼女の腕に、思い切り刃を突き立ててやりたくなった。そうすれば今度こそ、この女の瞳からは涙が溢れ、もう許してと、自分に乞うのだろうか。その矢が幾度も刺さった足首を切り落とせば、戦うことはできないからその代わりにと、自分からその体を差し出すのだろうか。喉を潰して目をくり抜いて、体から内蔵を引きずりだせばどうなってしまうのだろうか。
早くその様を見てみたい。こみあげる気持ちに、曹丕は懸命に蓋をした。今彼女を戦場から遠ざけるのは、得策ではない気がしたのだ。
「なぜそのように負傷している」
乙女は相変わらず、唇に塗った紅だけは血のように赤い。白い肌によく映えるその唇だけは、苦痛に歪むことなく保たれている。それがまた曹丕の癪に障るのだ。
「命令通りにしただけですよ。貰った報酬分のね」
乙女は体を翻して天幕に入っていく。大方手当をしにいったのだろうが、体の多くに怪我を負っているにも関わらずその動きは鈍っていないように見えた。
命令通りだとは言っても、別に曹丕は乙女に死ぬまで戦えと命じているのではない。指揮をすれば良いのだと言っている。そこを突っ走っているのは彼女の落ち度だ。だからと言って他の大勢の人間にも認められるほどの成果を残しているから、無理に咎めることもできない。
そのような日々が続く。乙女は仕事がない日にも曹丕の手をすり抜けるように街へと練り歩いていき、気ままに駆ける。白い肌に薬が塗られないことも、包帯が巻かれないこともなくなった。
曹丕が嫌悪感を明らかにしても、乙女の行動は変わることがなかった。
その肌に傷を付けるのは、私だけでいい。乙女を戦場で一目見たその時から渦巻いていた感情が、よりどす黒いものとなって曹丕を襲う。
もう一度犯そうと思った。今度こそ手中に収める。お前は私のものなのだとその体に教えこませるのだ。彼女が怪我の痛みに苦しもうがどうでもいいと思った。背中に付いていた痣は残っているのだろうか。自分が付けた痕はもう消えているのだろうか。その手足と同じように、白い肌全てを血に濡らしてやりたかった。
金を与えているからなのか、乙女は曹丕の命令を拒むことはない。それは今回も同じだった。「報酬は」といつものように強請る彼女に対して曹丕は「身を焦がすほどの淫楽」だと答えれば、乙女は目を細めて、いつものように笑った。
「乙女」
以前にそうした時と同じようにして肌を露出される。同じようにして、後ろから体を掴み押し付ける。その手つきは手馴れたものだ。曹丕だけではなく、無論乙女もである。
背中の痣は、完全に消えていた。あの時とは正反対に、手足が傷だらけ、痣だらけである。醜い体だと曹丕は思う。曹丕は口を開けて彼女の首筋に噛み付いた。以前のそれはお遊びだったのだ、と自分に言い聞かせて思い切り噛む。皮膚からは血が出て曹丕の歯を濡らした。「あっ……」初めて、乙女が明らかな快楽を感じているのだと察した曹丕はその牙を離し、新たに傷となったその首に舌を這わした。
この女が背中だけに痣を作ったこと、そして曹丕が彼女を雇ってからやたら傷を付けるようになったこと。思うところは複数あったが。曹丕は乙女という女の性質についてある程度の察しを付けた。
「貴様、痛くされるのが好みなのか」
これが一つ目だ。乙女は何も答えなかったが、曹丕が力を込めて背中を平手で打てば、再び彼女は甘い声を洩らす。背中が真っ赤に染まった。
「部下に殴られながら犯されでもしていたのか」
二つ目。乙女の股座に指を進める。十分に濡れていた。もう一度曹丕は背中を殴る。やはり、と言うべきか乙女は喘ぎ声を出した。
「……ふふ、よく、お分かりになりましたね。私、こうでもされないと満足できないのですよ」
振り返った乙女の瞳は、快楽に濡れている。口の端からは涎が垂れていて、それがまた淫靡だった。曹丕をこれでもかというほどに興奮させた。
「ならば、近頃になってから生傷が絶えなかったのは。貴様の被虐嗜好からか」
三つ目。曹丕は指を複数突っ込み、中を掻き回す。乙女は悦びながら、曹丕を見つめている。
「当たり。私、とっても淫らでしょう。……私、満足できないの……あっ」
捩じ込まれる。その瞬間、曹丕が再び首に噛みついたためか、乙女はまた歓喜の声を上げる。
「ならば私が貴様の腕を切り落とし、足をへし折って、芋虫のように惨たらしい姿になって、それでもなお、貴様は悦ぶのか。そうすれば貴様は私にだけ縋るのか。私だけのものになるのか。貴様は私に服従するのか」
「まあ。そんなことを思っていらしたの」
片方の手で腰を掴みながら、もう一つの手を未だ曹丕の顔を見つめる彼女の首元に手を伸ばす。首を掴んで締めてやれば、中が狭まった。乙女の笑みが、凄惨な、それでいてより美しいものに変わる。
「貴様を光の届かない部屋に閉じ込めて、その白い肌に刃を突き立てながら犯してやれば、貴様は過ぎた快楽に狂うというのか。その瞳に私しか映さなくなるのか。その心は、私が、私だけが支配できるのか」
首から手を離した。乙女は咳き込んで息を整える。背中に爪を、血が出るまで立ててやればまた乙女は感じ入っているのか形振り構わずに喘いだ。
「あなたが、本当に……私の四肢を切り刻んで、一生消えることのない享楽を与えてくれるのなら、ね……」
楽しみにしているわ。未だに僅かな余裕を保つ乙女を黙らせるために、曹丕は再び乙女を殴った。本当にその手足をバラバラにしてやろうか。自分が支配しているように見えて、その実は彼女に思考を操られているのかもしれないと曹丕は思う。それが気に入らなくて、未だ痛々しい傷が残る右腕に噛み付いた。悲鳴と嬌声があべこべになった乙女の声を聞きながら、曹丕はひたすら快楽を貪った。最後に勝つのは私なのだ。その思いだけは、消えることはなかった。
(20240730)