二面性
「ちょ、ちょっと……んんっ」

乙女が抗議の声を上げようとすると、彼女の口元は趙雲の手で覆われる。体を捻って脱出しようにも、肩を思い切り掴まれたまま壁に押し付けられているせいで上手く身動きが取れない。

「あなたなしでは、私は生きられぬ」

耳元で吐息混じりに囁かれる声。乙女の体がびくりと跳ねる。

「あいしている」

直接鼓膜を震わせるような趙雲の声。乙女が趙雲の手のひらの下で呻くと、彼はやっと乙女を解放した。

「きゅ、急になんでそんなこと……いつも、こんなこと言わないじゃない!」

趙雲の顔は何事もなかったかのように平然としている。先程まで艶っぽい声で語りかけていたのが嘘のようだ。乙女はこの変わり身の早い恋人を恐ろしく感じた。

「……お前は、こういうものは好みではないのか。女性というものは皆これに弱いと小耳に挟んだのだが」

「あのね、趙雲殿が私に対して『あなた』なんて呼び方をするのがもう間違ってる。聞いてて鳥肌立っちゃった」

乙女が趙雲の行為に抵抗していたのは羞恥のためだけではなかったらしい。確かに言われてみれば、彼女の言うことは一理あるように趙雲には思えた。

「それは残念だ。もっとお前が恥じらう姿を見せてくれるものだとばかり思っていた」

そんなの、恥ずかしいに決まってるでしょ。問題はそこじゃないんだって。
乙女がもう一度抗議の声を趙雲に浴びせようと思った途端、趙雲は壁際に彼女を残したまま、何も言わずにすたすたと去っていった。
少しだけ、いつもと違う趙雲の姿にときめいてしまったということは、何があっても言うまいと乙女は固く誓ったのだった。

(20240724)
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