仕方のない人
最近はどこもかしこも物価高の影響を受けているせいで、乙女の家計は悲鳴を上げ続けている。だがその主な原因は物価高ではなく、目の前で足を組んで座っているこの男のせいである。

「曹丕……殿。ぼーっとしていないで、食器ぐらい運んでくださいよ」

「……葡萄の育ちが悪い、か……」

曹丕は最近の暑さで葡萄の色づきが悪いというニュースを熱心に見ている。乙女は呆れながら、一人で食べ終わった皿を運んでいるのだった。

突如として現れたこの男は古代中国の皇帝を名乗った。はっきり言って不審者にしか思えなかったのだが、話を聞く限り本当にタイムスリップしてきたようで仕方なく家に置いている。皇帝らしいというべきか傲岸不遜な振る舞いに乙女は苦労し続けていた。せっかく料理を作っても「悪くない」の一言で、感謝の気持ちひとつすら述べないのだ。

一回くらいはお礼を言ってくれてもいいのに、ということで乙女はある兵器を用意したのだった。

「じゃーん。葡萄酒好きでしょ、曹丕殿」

乙女がごそごそと取り出したものは、それなりに値の張るワイン。乙女自身は特に好きでも嫌いでもないが、曹丕ならきっと好むであろうという魂胆である。大昔の人が何を好むか分からなかったものの、インターネットで彼のことを調べると葡萄好きであることがヒットしたので、文明の利器に乙女は感謝した。

「……」

曹丕はワインが注がれるのをそれこそ穴が空くように見つめる。素直に欲しいとか楽しみだとか言えばいいのにと悪態を突きたくなったが、乙女は我慢した。

「どうぞ。きっと美味しいって思いますよ」

曹丕に呑むことを促す。やはり葡萄には目がないからだろうか。怪しむこともせずに彼はワインに口を付け、呑む。その様子を乙女もまた黙って見ていた。

「……悪くない」

曹丕は一瞬で注がれたものを全て呑んでしまった。……それほど美味しかったのだろうか? それならそうだと言えばいいのに。乙女は驚いたが目的を達成できなかったことには若干心残りがあった。何か言ってやろうかと思ったその時である。

「……その……お前には、感謝する」

酒を一杯煽ったからと言ってすぐに顔を赤くするほど酒に弱いとは思えなかったのだが、曹丕は頬を赤く染めていた。

……もしかして、照れ屋さんなのかな。とは口が裂けても言えなかった。

(20240801)
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