もしもの話
「楽進殿」

「はい、なんでしょう」

乙女が彼の名前を呼べば、少しも間を置くこともなく威勢の良い返事が聞こえる。なぜこうもこの人は自分に熱を上げているのか。乙女は知らないし、知りたいとはあまり思っていない。

「私、あなたのこと別に好きだって言ってるわけじゃないのよ。ただ同僚の誼でこうやってご飯食べてるってだけで」

「はい、分かっています。けれどもそれでいいんです。以前にも言ったように、私はあなたから与えられる何かを求めているわけではありませんから」

そこが問題なのだ。こうして二人、店の中で腹を満たしている行為というものは、傍から見ればまるで恋人同士のそれのようで。だが乙女は楽進から思いを告げられたとき、きっぱりと断った……はずだった。「私はあなたに愛を捧げるだけで幸せなのです」後日そう言われた乙女は愕然とするしかなかったのである。

「……私がお嫁に行ったら、あなたはどうするつもりなの」

「どうもしません。ただ私は、あなたが人妻となったとしても、自分の気持ちに正直にあり続けるだけです」

それはどうかしているだろう。乙女は呆れながら水を飲んだ。

(20240804)
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