言わぬが花
「やっぱここは火計なんだ。そうに決まってる」
乙女の出した案はやはり受けいれられなかった。朱然という男は火計に文字通り命を燃やしているような男であるから、仕方がないとは思う。だが乙女は、毎回のように妥協案を出していた。彼女の言うことにも一理あるが、結局のところ火計が有効であるのだとの結論に至ることが多い。そんな報われない彼女に対して周囲の人は同情することもあれば、なぜそんなに意固地になっているのだと指摘する声もある。
「……分かりました。朱然殿に従いましょう」
「じゃあ、乙女はあの砦で―」
乙女はそれから彼に反発することなく与えられた任務を遂行する。こんな調子であるから、さらに乙女はどうして朱然の策に文句を言わなければ気が済まないのだと揶揄されるのだ。
「敵は阿鼻叫喚だ。俺たちの炎が敵を焼き尽くしている」
「……ええ」
「お前のおかげだ。俺たちは一心同体だな」
乙女は朱然のことを好ましく思っているし、未来永劫その力になりたいと思う。あれだけ彼の美学を否定しているにも関わらず、ずっと傍に乙女を置いているのだ。その姿を見ると、そう思わずにはいられない。だがあの炎だけはどうしても無理だった。
朱然は、乙女の衣服の下に大きな火傷跡が残っていることを知らない。大昔に負ったものだから、当然だった。家が、村が焼き尽くされた光景を思い出してしまうから炎は見たくないのだなんて。乙女は言えなかった。心優しい彼のことだから、自分の誇りともいえる炎を、熱を手放してしまうかもしれない。それは許されないことなのだ。
そこまで分かっていても、思わせぶりに彼のことを一度は否定してしまう自分がどうしようもなく気に入らない。乙女はどうして彼に出会ってしまったのかと、自らの運命を蔑んだ。
(20240804)