あなたに捧げる一番槍
「ふっ! せい、はあー!」
双鉤、と言うらしい武器を両手に振るう楽進を、乙女は見つめていた。
変な武器。乙女はそう思いながらも、楽進の描く軌跡から目を離さずに追いかける。こうして彼の鍛錬を見るのが彼女の日課だった。
「楽進殿。今日も精が出ますね」
乙女の声を聞き、武器を下ろした楽進は乙女に振り向く。汗が流れているが、息一つ切らしていないようだった。
「乙女殿。今日も見に来られてたんですね」
楽進の露出した腕には、幾つもの傷跡が刻み込まれている。どれだけ傷ついても一番槍に固執する彼のことを、乙女は理解出来なかった。
だが、だからこそ惹かれているのかもしれない。乙女は不思議と、理解ができないはずである楽進のことを魅力的に感じていた。
「楽進殿は、私なんかと違って毎日頑張ってるなあって、思ったんです」
乙女は現代から時空を隔ててこの世界にやって来た。この世界の生活は不便なことも多い。現代ではお世辞にも真面目とはいえない生活を送っていた彼女にとって、楽進は正に正反対の人物だ。
「乙女殿こそ。見知らぬ土地で時を過ごすだけでも困難でしょう。私はただこれしか自分に出来ることがないだけです」
本当に、そうだろうか。乙女は思う。
聞けば楽進は元々記録係として曹操に従事していたらしい。徴兵を任せられた際に千人もの兵を集めたことで統率の才を見出され、今に至る。
どんな戦場でも先駆けとなり戦う。そうして傷だらけになって帰ってくる。
自分には出来ない。例え才能を見出されて、相応の地位と名誉を与えられていたとしても。乙女は楽進のようになることは無理だと思った。
自分を卑下する楽進だが、結局与えられた役目をこなし、自分自身のことを向上させるのも止めない。それだけでも、もっと自信を持っていいものだ。
それに。
「私、心配なんです。楽進殿が戦場に出たきり、帰ってこないんじゃないかって。自分を顧みない戦い方をしているようだから」
自分のことを、過小評価している。自分のことを、取るに足らない存在だと思っている。楽進のそういった部分が、乙女には気がかりだった。
自分とは正反対だからこそ、気になってしまうのだ。楽進が無理をしすぎているのではないかと。
「私ごときを心配してくださるなんて……私は怪我をしても、例え命を落としても、それが皆のためになるのならば良いのです」
埒が明かないような気がした。そう思えば、乙女の口は自然に動く。考えるよりも先に。
「もし私がお嫁さんになったら、楽進殿はもっと自分のことを労わってくれるのかな」
言い終わってから、はっとしたように乙女は口を塞ぐ。
まさに猪突猛進だ。乙女は、これでは楽進と同じではないかと感じた。これではプロポーズをしているようなものだ。
「後先考えずに行動してしまうのは、私たちの悪い癖のようですね」
そう言う楽進もまた、乙女と同じように顔を赤くしている。
拒絶されなかったことに安堵する乙女だったが、顔を上げることは出来なかった。
何と言えばいいのか、思いつかなかったのだ。
楽進はにこにこと微笑んでいる。一番槍になることの重さと喜びを、乙女は僅かながら理解したような気がした。
(20240214)