愛でても撫でても往くひとの
※オリジンズ寄りの性格&架空勢力(エンパ的世界)の話。キャラ崩壊気味。一応軽い元ネタあり。(詳しくは後述)


張コウには養女がいる。名前は乙女と言う。彼自身が周囲にそう公言しているから皆彼女を養女として認識しているが、本当のところは誰も知らない。

娘とするにしては大人びている。いつからそういう関係性であるのかを知る人もいない。気づけばそうなっていたというだけだった。常に彼女の傍らには張コウがあり、連れ添って歩く様を見れば恋人もしくは、夫婦のようだった。だが彼女の顔はまだ幼さを残している。不思議な娘だった。

張コウ自身の口から娘であると言われなかったならば、契りを交わした男女であると誰もが感じるに違いない。

戦においても、日常においても独自の美学を重んじる張コウが育てているからだろう、乙女は美しく、その微笑みは人を惹きつけてやまない。

「乙女殿と目が合った」それだけで喜びの声を上げる若い兵士もいた。

「頑張っていますね」

乙女がそう呟いただけで、見蕩れ顔を赤く染める兵士もいた。

もっとも、そんな声を耳に入れても張コウは何も言わずに、ただ乙女の手を優しく握ったまま通り過ぎていく。傷一つつけることは許されないとでもいうように、優雅に去っていくのだった。触れるなど誰も考えようとすらしない。しかし、こんな考えを披露した者はいた。

「いっそのこと、戦場に連れてきてほしいものだ」

ある兵士が、訓練を見に来た張コウと乙女を見送ってそう言った。同意の声が複数、響いた。

あれくらい美しい方の鼓舞があれば。険しい戦場、そして戦いを切り抜け帰還した先に彼女がいれば。それだけで奮い立つだろう。訓練場はそんな話題で持ち切りになった。


それを知ってか知らずか。

その次の戦いには、乙女も同行していた。

張コウが大層大切にしている彼女である。危険な戦場に連れてくることに躊躇いはなかったのだろうか。

そんなことを言い、その言葉に同意する兵士もいた。しかし、死地における恵みとなることに違いはなかったから、皆乙女に労いの言葉を掛けてもらうために頑張るのだ、という結論に落ち着いた。

実際にその戦が終わった後、乙女はあの時訓練場に現れたときと同じように兵士たちに優しく声を掛けた。花のように美しいかんばせ、鈴を転がすような声。

兵士たちは、まるで女神のようだと持て囃した。

やがて張コウが帰陣した。彼の槍や装束は血と泥で汚れていて、乙女と並ぶと普段の様子と比べてあまりにも不釣り合いだった。

それでも張コウの表情は変わりなく、彼を迎える乙女の様子も普段通りだった。

「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」

乙女は平然として話している。いつも張コウ連れ添って歩いている時とは寸分違わない表情。

「乙女。あなたが役目を果たせたようで私も自分のことのように嬉しく思いますよ」

「はい。張コウ様」

兵士たちの中には張コウが彼女と話し始めてもなお、釘付けになっている者もいた。だが彼らが話している内容の大半は理解し難いものだった。

戦場から帰還した彼の姿を見るのは初めてだという。張コウは彼女の前で、自身の穢れた姿を見せたことがない。それが初めて破られた。最も、張コウ自身はきっと血濡れの己が穢れているなどとは思わないだろう。彼の思想、携えている美学は、彼自身にしか分からない。

だが、汚れたままの手袋を外すこともせずに乙女の頭を撫でる張コウの姿は異様に映った。

彼らしくない。この戦場以外の場では決して彼女を一人にしない張コウが。彼がいない時は決して屋敷から出さずに、箸より重いものを持たせたことがないという噂が流れそれを否定することもないこの男が。

自らの手、ならば良いというのだろうか。

ちらり、と沸き立つ兵士を見る。その瞳からは未だに戦場という地で得る高揚が消えていないことが分かった。

睨んでいるわけでもなく。寧ろ彼もこの戦いの勝利を祝い、兵士たちの身を案じているはずだ。それなのにどこか冷えた目つきは、乙女から兵士の目を遠ざけた。

彼の意図は誰にも分からなかった。

「さあ、帰りましょうか」

「はい」

「次の戦いにも、あなたには同行してもらいましょう。私の思い通りです。あなたを連れてきて正解だった」

「はい」

簡潔な言葉のみを発する乙女を見て、誰かが「人形のようだ」と言った。


その後の戦いにも、乙女は張コウと共に現れ、安全な場所から戦いの行く末を見守っているのだった。

張コウの養女であるということを皆が知っているから、不必要な手出しはしない。ただそこにいるだけの存在で、誰かが言った「人形」という言葉はあながち間違っていない。

乙女はただ兵士を労うだけ。それでも、この場の士気が上がることは間違いがない。

だがある時、乙女の旧友だという男が仲間のうちにこんな話を漏らしたのだった。

男は最近になって張コウ旗下となった。どうやら、乙女と彼が昔馴染みだということは張コウに知られていないらしい。もうずっと会っていないから、乙女にすら覚えられていないかもしれない。そんなことを言いつつも彼女のことを話したくてたまらないようだった。

彼曰く。

乙女は元来、あのような女性ではないという。彼の話に食いつく男は多かった。

張コウがいつの間にか自分の娘としていたのが彼女ではあるが、どこから来たのか、どんな立場の人間なのか、なぜ張コウが彼女のことを離さないのかは誰も知らなかったからだ。

ただその存在を有難がり享受していたものの、謎が多いのが乙女という存在であった。

「どんな性格だったんだ?」と一人が尋ねた。

男は答える。

あのように、現在のように従順で大人しい性格ではなく、活発で人の話を聞かずに自分から行動する性格だった。

歳を重ねて丸くなっただけじゃないのか。年頃の女ならばそう珍しいことじゃないだろう。

何らおかしいことではないと男の話をあまり真剣に聞いていない者もいた。

だが、男はそれにしては異常だ、という。

あのように日常生活にまで縛りを掛けられてじっとしていられるとは思えない。そういう人間なのだ、彼女は。

それだけじゃない。あの娘は、自分も知らない遠いところに嫁いだと聞かされていたのに。

男の顔に翳りが見えた。

だが実際のところ、彼女はあの方の元にいる。嫁ぎ先のこともよく分からないままだった。男の意味深な言葉に、興味なさげにしていた者も関心を取り戻したらしい。話の続きをせがんだ。

あの娘が嫁いだと聞かされて暫くした後だ。彼女の生家は、あの娘がいたころよりも裕福になったらしい。詳しくは分からないが嫁ぎ先がそれだけ金のあるところだったのかもしれない。だがある時、豪勢な暮らしをしていた彼女の生家は彼女が嫁ぐ前よりも貧相な暮らしをするようになった。

それからのことはよく知らないが、まさかあの娘が張コウ様の養女になっていたなんて。

自分が知るのはここまでだ、といい話を終えた。

具体的なことが分かるわけでもなかったが、乙女という女と張コウの関係性には、自分たちが思っているよりも深刻なことが隠されているのではないか。

兵士たちはそう結論づけてこの場を去った。






屋敷の中、とある部屋に乙女はいる。何も動じることはせずに、指の先までぴんと張り詰めたまま、ただじっと座っている。

「やはり、私の見立ては間違っていなかった。そうは思いませんか?乙女」

「……」

「ですがあなたは、私に笑顔を見せない。一方的に嫁ぎ先から捨てられ、生家からも疎まれたあなたを引き取ったのは私だというのに。あなたに隠された美しさを、その内に隠しておくべきではなかった。だからこそあなたが従順でいてくれて良かった。あなたは美しい。その美貌は見る者皆の目を惹きつけ、その場を遥か高みへ導く。あなたのあの役目は、私に対する礼と捉えるのがよいでしょう」

「……笑顔を見せれば、張コウ様は満足しますか」

乙女の瞳は宝石のように輝いている。

これだけのことを「教育」しておきながら輝きを保っているのだから、やはり彼女は逸材だと張コウは思う。

「どうでしょうか。私にも笑顔を向けてくれるのならば。それこそ最高傑作と言っていいかもしれません。けれども、どうやらあなたの身の上を知る人間がいるようなので。そろそろ役目を終わらせる頃合なのかもしれません。私としては残念でなりませんが」

「役目が終わるとなれば」

「別の娘を拾ってきましょうか。そうすればあなたは自由になれる。……本当は自由になりたいのでしょう。思想を押さえつけた甲斐はありましたが、実際のところあなたの素の人間性は残っているはずですから。偽物の笑顔を周囲に見せることもなくなる。けれども、あなたを離すのは惜しい。こんなにも美しく、私の理想を反映することができている。あなたの身の上を知る人間さえいなければ、妙な噂が流れなければ、あなたは戦場を輝かす舞台装置となる」

「……おかしな人。哀れな女を拾って、私のように育てるなんて。養女といっても、どこにもやることなんて考えてもないくせに」

「父親が大切な娘を傍に置いておきたいという気持ちは、どんな男であっても多少は持っているものでしょう。……あなたが役目を終える前に、その笑顔を一度は見たかった。私に向けられるそれを。そうすれば今のような束縛は……解消すると誓いましょう。けれども」

張コウは、傍らに置いている杯を手に取る。

そこには酒が入っている。乙女が用意したものだった。

「あなたが選んだのはこれだったのですね。あなたの答えは初めから決まっていた。この酒には毒が入っている。そうでしょう。それほどまでに私に対する怨みは大きく膨れ上がっている」

乙女は頷いた。毒を入れていたことを見抜かれた焦りは見えなかった。

「私がこの毒を煽ってやっと、あなたはあなた自身を取り戻すことができるのでしょうね」

杯に注がれたものを飲み干すのは一瞬のことだった。

乙女は無言で立ち上がり、目を見開く。

「どうして」

「なぜ、と。……こうすればあなたは笑顔を見せてくれるのでしょう。───」

乙女とは違う名前を張コウは呟いた。

「私は愚かな人間です。一人の笑顔のためならば、こんな選択をしてしまうのですから。私らしくないとも言えるでしょう」






それきり乙女のことを見た人間はいなかった。乙女と張コウが多くを過ごした部屋にはバラバラになった豪奢な首飾りがあった。彼女のものと見られるが、それも今となっては定かでない。

(20250429)
【元ネタの話】
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