傷を見せるということ
周泰の体は傷だらけだ。孫権を守る為に死力を尽くす彼は、自らが犠牲になることを厭わない。かといって、その傷を勲章だとして誇ることもしない。
孫権は酒の席で昂り、彼に裸になってその傷を誇れと言ったことがある。周泰は寡黙な男だが、全力で拒否していた。彼がああまでして主君の命令を拒絶するのは、珍しいことだった気がする。遠目からその様子を見ていた乙女はそう思っていた。きっとそれは他の者も同様だ。
だから、周泰が大人しく鎧も衣服も脱いで乙女に背中を向けているのが意外だと思った。
「ごめんなさい、こんなことしか出来なくて……お返しにすらなっていない」
先の戦で、周泰はいつものように傷を負った。ただその傷を作った間接的な要因は、孫権を守る為ではなかった。
乙女を守る為だったのだ。それが申し訳なく感じた彼女は、こうして彼の傷が治るまで毎日手当てをしている。
せめてもの詫びの為だった。ただ初めはこんなことすら断られるだろうと考えていたから、拍子抜けしてしまったのが本当の所だ。
幾多の傷を負ってきた周泰は、手当てくらい心得ている。何故自分の申し出をすんなり受け入れたのか、自分から言っておきながらも分からなかった。
乙女の言葉に首を振る周泰は、やはり必要最低限しか発さない。
それはいつものことだったから、乙女も特に気には留めていない。それでも疑問は依然として残り続けている。
「これでひとまずは大丈夫です。また傷の様子を見せてください」
包帯を取り替え、乙女はそう言った。これも普段通りのやりとりだが、この日は少し違った。
「……お前を守れて、良かった……」
「え……? 周泰殿……!」
足早に去っていく周泰を追いかけようとしたが、彼は振り返らずに手を挙げるのみだった。
無口な男だったが、なぜ今この時になってあんなことを。乙女の疑問はさらに深まるばかりだった。
「周泰が大人しく傷を晒すとは、やはりお前は信頼されている」
それから暫くして、孫権はそんなことを言った。
信頼、されているのだろうか。あれからも周泰は変わらず寡黙を貫いていたし、乙女にはよく分からなかった。
「お前も周泰と居るのは満更でもないようだし、あいつの思惑は達成されつつあるな。勿論、私の計画も含まれている」
確かに周泰と居ることは嫌いではないし、二人で静かに過ごすのは心地良かった。お互いが喋らないせいで気まずさを感じるという事もないのだ。
「孫権様。何ですか、思惑とか、計画って」
自分を助けたのは何らかの打算があったのだろうか。乙女は不安を感じつつそう尋ねた。だが目の前に居る主君は溌剌としている。
「お前も周泰も、私によく尽くしてくれている。お前達が結ばれてくれれば、私は幸せだと思ったのだ。それに、周泰もお前のことが気になっているのだと言っていたこともあったからな」
そんなこと、全く知らなかった。乙女は思った。次からはどんな顔をして彼と会えば良いのだろうか。それに、結婚とは程遠い生活を送っていた為いきなり結ばれることを望まれるというのも、不思議であり実感が全くもって湧かないものだ。
「無理に結婚しろとは言わんが、あいつは無口なだけで良い男だということはお前も知っているはずだ。悪い話ではないだろう?」
能天気に笑う主君を前にして乙女は何も言えなかった。
周泰が自分をあの時守ったのは、話す口実が欲しかったからなのだろう。その不器用さに呆れつつも、何とも周泰らしいと乙女は思うのだった。
(20240427)