鎮火までもう暫く
丁奉を初めて見た日、なんと野蛮な人だと乙女は思ってしまっていた。

顔の怖さもさることながら、声も厳しく、その体格も人を怯えさせるのに十分だ。そして、極めつけはその戦い方にある。大きな手甲で敵を掴んだり、投げたり、切り裂いたりするのだ。

比較的身長が低く、剣を使ってすばしっこく動きながら戦う乙女にとっては、彼の動きというものは恐怖としか思えなかった。

仮に彼が敵として向かってきたならば、乙女は剣を放り投げてまで必死で逃げてしまうだろう。とにかく、恐ろしい男だと思っていた。

そんな男が、本当は繊細な心を持っているのだと知ったのは、彼と出会ってからそう遠くない日のことだった。

花を愛でている姿を偶然にも見かけたのだ。その様子は周囲にいた兵士からも、見た目に似合わないと揶揄されていた。だが彼はそのような言動に惑わされることもなく、丹念に花の世話をしている。本当に花が好きなのだろう。

普段の恐ろしさとの差異に驚いた乙女は、自然と彼に話しかけていた。

「丁奉殿。花がお好きなんですね」

乙女は鍛錬終わりで、水でも飲もうかと思っていたのだが、水を飲むことよりも丁奉に話しかけることを優先した。それほどまでに彼に対して近づきたいと思ったのは初めての事だった。

「うむ。花というものは、戦乱に荒む人々の心を癒す。某は、そんな花が好きなのだ。ただ心を癒すだけではない。詩情もかき立てられる。花は散るが、詩というものは残り続ける。そうすれば、花はいつまでも人々の心にあり、この悲しみの大地にも、恵みとなりて降り注ぐのだ」

丁奉はすらすらと、歌うようにして話した。彼の言葉は全てが詩の中の世界であるかのようだった。

戦場では、言い方は悪いが……風情の欠片も見えないような戦い方をする彼だが、その情緒は豊かで、希望に満ち溢れている。

なんとも面白い人だ、と乙女は思った。

乙女も花は好きだが、彼のように花のことを語れと言われたならば、それは不可能であるように感じた。花ひとつとってもその魅力を語り尽くすことができる丁奉は、素敵だと思った。

「……なんだか私、あなたの事を誤解していました」

「誤解、とは?」

「あなたは、本当に心優しい人なのですね。心優しいからこそ、戦場では心を鬼にして戦っている。守りたいもののために」

乙女は、当初丁奉に向けていた思いを撤回した。野蛮な戦い方をしているということではない。野蛮に見えるあの戦い方というものは、彼の心の裏返しなのだ。ただ敵を本能のままに食らいつくそうとしているのではなく、愛しきものを守るために修羅となりて戦うのだという、決意の表れがあの戦い方に現れているのだろう。乙女はそう確信した。

「某が愛すは、孫呉の愛しき風景。それを守るがために、戦う所存。……もちろん、主のことも」

「私、ですか?」

まさか、自分のことが彼の口から発されるとは。乙女はどぎまぎとしながら、丁奉を見る。やはり、本当は怒っていないのに怒っているのだろうかと思いたくなってしまうような、そんな顔を丁奉はしている。今までの印象は反転したものの、こうしてじっと見つめられることは、慣れないものである。

「ここの所、某に熱い視線が注がれているような気がしていた。その正体は主であるのだろう。こうして直接話して、気がついた。……某は、その思いに応えたいと思っている。そなたの花の咲き誇るがごとき笑顔、蝶が舞うがごとき剣舞……全て、某が守ろう!」

語気を強くして、誓うように丁奉は言った。急に大声を出すものだから、兵士のうち何人かはびくりと肩を震わしている有様だった。

どうやら、話が斜め上方向に進んでしまっているような気がする。

乙女は目をぱちくりとさせながら、丁奉の言葉をゆっくりと咀嚼してから飲み込むまでに、随分と長い時間をかけてしまった。

そうか。私、そんなに丁奉殿のことを見ていたのか。私の笑顔って、この花のように例えられるのか。そして、私の戦い方って、そんなに美しいものに彼にとっては思えたのか。

なんだか、顔が熱い気がする。一刻も早く水を飲みに行きたいと乙女は思った。この顔が熱いのは、きっと鍛錬終わりで火照っているからだ。そんなはずはないのに、乙女は心の中で言い訳をした。だがもう暫くは、彼の前から立ち去ることができないと思った。彼の瞳が、まだまだ乙女の魅力を語り足りないのだと物語っているようだったからだ。

(20240623)
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