年甲斐もなく
「……お嬢ちゃん」
「なあに? 肉まんもう一つ欲しいの?」
「……いや。そういうことでは、ないんだがな」
韓当の隣に座って肉まんを頬張る少女。名は乙女という。彼女は未来から来たというのだから、韓当は大層驚いたものだった。
とはいえ、こうして肉まんを共に食べている分には、到底未来から来たようには見えない。お転婆が過ぎるということを除けば、どこにでも居るごく普通の少女にしか見えないのだ。
「どうしたの、韓当おじさん。なんだか今日、元気ないよ」
いつの間にか肉まんを平らげていた乙女は、韓当に尋ねる。乙女は怖いもの知らずというか、向こう見ずというか。とにかく、守ってやらねばならないという思い、いや使命感が韓当に芽生えていた。
乙女は韓当のそんな気持ちには全くもって気づいていないようだが。
とにかく、韓当は心配だった。親馬鹿というのは、このようなものなのかと韓当は柄になく思う。
「その……誰にでもそんな感じなのか?」
「そんな感じって?」
「知らない人にも、そんな風にして話すのか?誰にでも、なのか?」
乙女は少しだけ悩む素振りを見せた。韓当は、こうして彼女が自分の傍でできままに過ごしていること自体は喜ばしく思う。だが彼女を心配する気持ちとは別に、なぜ自分の元に居てくれるのだろうという疑問も持っている。
彼女の様子を見るに、その疑問も解決するのかもしれないと感じた。
「なんかね、韓当おじさんの傍にいると安心するんだよね。なんだか怖くないっていうか……ほら、皆ぴりぴりしてたりするでしょ。韓当おじさんはそういうの、ないから。だから、誰にでもこんな感じってわけじゃないよ」
「それって、俺の影が薄いからじゃないか……? 自分でいうのも、少し癪だが」
自分の傍に居るのは楽しいとか、話を聞くのが面白いだとか。そのような期待を僅かながらに持っていた韓当は、早々にその期待を砕かれたことに少しながらがっかりする。結局はそういうことじゃないか、と。醸し出すものが劣っていると言われているようなものだった。
「うーん。影が薄いっていうか……影そのものは薄くないんだよ。私にとって。他の人がどう思ってるかは分かんないけど。多分さ、韓当おじさん、私の居たところだともっといい感じなんじゃないかな。ここよりもいっぱいお仕事あるし。日に当たるところだけが、全てじゃないし。私だって、学校では目立たない存在だったけど……バイトだと店長にもわりと褒められるし」
「お嬢ちゃんも、影が薄かったのか……?」
「まあ、薄かったかなー」
彼女の言っていることには理解できないことも含まれていた。が、韓当にとってはそこはどうだって良かった。
影が薄いだとか濃いだとか。そういうものにこだわる必要はないのだろうが、韓当にとっては十分にこだわる価値がある。そのあたりの話が、何よりも大事なのだ。
だが、守るべき対象(と韓当は思っている)である乙女の話を聞いていれば、必ずしもそうではないのかもしれないのではないか、と韓当は感じる。彼女自身が影は薄くないと言っているのだから。
「お嬢ちゃん……俺に、未来の話をもっと教えてくれないか」
とはいえ、日陰者も光ることができるというその未来は、韓当にとって天国のようなものだ。
もし万が一、乙女の語る未来へとやらに行くことができるのならば。その時に備えて、予習しなければならない。韓当は真剣だった。
「いいよ。話してあげるね」
それに、もし未来へと行くことができたのならば。乙女を守るという大仕事が待っているではないか。韓当は年甲斐もなく目を輝かせた。若者の未来は明るい。だが、俺の未来も明るいのだ。韓当は密かにそう意気込むのだった。
(20240624)