所詮人である
政略結婚といえるほど大それたものではない。それは乙女の家柄だけを見ればそう評価することが出来るだろう。特段優れた名家の生まれではない女を好んで妻にするなど、余程のもの好きでもない限りありえない。

特に、今や軍神と謳われる男であれば尚更だ。だから、乙女は周囲からとやかく言われた。地位を得ることを目的にして取り入ったのだろうと。心無い言葉は何度も何度も耳に入ってきた。実際、そう思われていても不思議ではないのだから、仕方がないことである。

だがこの男は違った。そのような不届き者に対して、丁寧に訂正する。単純に訂正するだけならばいい。この男の立場から話されてもなお納得しないものはいない。結果的に、乙女を誹るものは、瞬く間に居なくなる。男の尽力によって、彼女に非はないのだということが広まった。

彼女が肩身を狭くすることがないようにと男なりに考えているということは分かる。分かるのだが。

乙女からすると、それだけで止めていてほしい。というのが本音である。だが、この男は聞く耳を持たない。

「拙者が、乙女殿に惚れているのだ」

馬鹿正直に惚気けるものだから、乙女は小っ恥ずかしいことこの上ないのだ。

劉備や張飛にも、今や乙女はからかわれる立場となっている。劉備はともかく、張飛は完全に面白がっていて、もはや馬鹿にされているのかと思いたくなるほどだ。関羽は間違ったことは一つも言わない。だからこそ乙女は本当に恥ずかしいのだ。

とはいうものの。

「関羽様がこのような姿をなさっているなど、誰も想像すらつかないでしょうね」

数少ない休暇である。関羽は乙女の膝の上に頭を乗せ横たわっている。太陽の日差しは暖かく、目を閉じる関羽を見ていると自分も眠ってしまいそうだと乙女は思った。

軍神と謳われる男がこのように無防備な姿を晒している。このような一面を知っているのは自分だけなのだと思うと、やはり嬉しく感じるものである。

「これも、乙女殿のことが愛おしいゆえ……拙者が皆に自慢をしたくなる気持ちも、そなたは分かってくれるだろうか」

乙女は、関羽のこのように意外な一面が存在するのだということを誰かに話すつもりも、話した覚えもない。

だが確かに、愛おしい人のことを話してみたいという気持ちはよくわかる。

愛というものは、人だけでなく神すらも凌駕するものなのだ。そう思うと、やはり乙女は気恥ずかしいながらも許容してみようという気にさせられてしまう。

それに、皆の憧れである軍神をこんな間近で見られるのならば、惚気話を広められるくらいどうということはないのだ。もっとも、乙女にとっては神ではなく、ただの人の子であると思うのだが。神にしては、あまりにも人間らしい。

「関羽様、大好きです。愛してます」

「拙者もだ……乙女殿。そなたと夫婦になれたことを、毎日のように誇りに思う」

むしろ、普段からこのような会話ばかりしているのだ。惚気話を聞かされている人間に言わせれば、惚気話なんかよりもこっちのほうが小っ恥ずかしいと思うに違いないだろう。乙女はそう思ってしまうのだった。

(20240604)
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