プライマル。
「あなたの嫁入り先が決まりました」

乙女の父親代わりとして、身寄りのなかった彼女を今日まで育てた諸葛亮は、神妙な面持ちでいる彼女に向かってそう告げた。

諸葛亮から手渡された書簡を乙女は開く。そこには夫になる人間のことが事細かに書かれていた。家柄も実力も十分で、きっと自分を幸せにしてくれるような殿方なのだろう。実際に会うまでもなく、容易にそのような想像がついた。それに、尊敬する養父が選んだ人間なのだから、信頼しない方がどうかしている。だが乙女を覆うのは憂鬱だった。

「ありがとうございます。……父上」

それでは、来る日に向かって準備を整えておくのですよ。諸葛亮は、いつも優しい。孤児だった乙女を拾ったのだから、当然だ。だがその優しさは、乙女の心にとって刃物のように突き刺さっているのだということを、彼は知っているのだろうか。それとも、知っていて知らないふりをしているだけなのだろうか。

どちらにせよ、自分の気持ちは伝わらないのだ。伝えたところで、父の顔に泥を塗るだけだ。乙女は父を見送りながら、ずきずきと痛む胸を押さえた。だがどうにも我慢が出来なくなって、彼女は諸葛亮を呼び止める。

「父上!」

諸葛亮はゆっくりと振り返った。乙女はまるで少女のように駆け寄る。

「どうかしたのですか」

諸葛亮は相変わらず、普段のように落ち着いている。取り乱したところを見たことがない。少しくらい、隙を見せてくれても良いはずだ。

そう思っていたはずだったが、いざ諸葛亮を目の前にすると、上手く言葉が紡げないのだった。

「……もう、最後になるのでしょう。……昔のように、頭を撫でてくれませんか」

本当に言いたかったのは、これではない。諸葛亮は彼女の言葉通りに手のひらを頭に伸ばす。

昔から変わらず、暖かい手だった。



乙女は嫁いでいった。彼女の夫となった人間は誠実で、自分や月英に頼ることなくこれからも生きていくだろう。

諸葛亮は空を見上げる。乙女が婚儀を上げた日と同じような快晴だった。

「孔明様」

空を眺めていた諸葛亮の背中に向かって、月英が呼び掛ける。

「……月英。あなたの言いたいことは分かっています」

月英は心細そうな、不安そうな表情をしていた。

「なら、孔明様はなぜ……あの子の話を聞くだけでも」

「私はあくまでも、あの子の父親でしかありませんから。それに私には、月英がいます」

自分の名前を出されてしまえば、それ以上月英は何も言う気にはなれなかった。

乙女は、諸葛亮に恋慕していた。義理の父親だけでなく、異性として愛していた。

諸葛亮がそれを知らぬはずがない。だが彼女の願いを易々と叶えてやるほど彼は聖人君子という訳でもない。

だから、彼女を嫁がせることを決めたのだ。彼女が「子ども」のままであるのならば、これまでもこれからも、共に過ごすということはやぶさかではなかった。

だが現実は違った。乙女は、いつまでも諸葛亮の元に留まっていてはいけないのだ。思いを踏みにじるどころか、踏みにじるまでもなく、諸葛亮は彼女の気持ちを遮断し続けている。

そのような男に焦がれるよりも、彼女は「愛されること」を知るべきだ。そうすれば、自分がいかに愚かなことをしていたのだと思い知ることが出来るのだから。

「結婚、おめでとうございます」

諸葛亮は青空に向かって呟く。この同じ空の下、乙女が幸せになることを祈って。

(20240528)
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