白馬の王子様は誰
曹丕率いる魏軍は、遂に遠呂智軍から造反した。曹丕に連なる者達は呼応し兵を挙げ、遠呂智軍に立ち向かう。乙女もその一人だった。彼女は曹丕の妹として、彼と共に曹操が消息不明となった後遠呂智軍と同盟していたが、元々それは本意では無いことだ。
やっと遠呂智軍から身を引くことが出来る喜びがあった。気がかりなのは、未だ曹操の生死が分からないこと……だけではない。
乙女は、運の悪いことに、遠呂智軍の兵士に捕縛されてしまったのだった。
「私のことなんて捕まえてどうするの? お兄様みたいな力も持ってないのよ、私。こんなにきつく縛って!」
縛られながら手足をじたばたさせて抵抗する乙女だったが、こんなことをしても全く意味がないということ程度、彼女は知っている。
妖魔には人間の理など通用しない。女の身であるのだから、どこかへ攫われ、監禁され、慰み物になるかもしれない。自分は最悪、どうなっても良いとして、曹家に泥を塗ることは避けたかった。自分を人質にして再び曹丕が遠呂智軍に従わざるを得ない状況に持ち込まれるかもしれないのだ。
「大人しくしてろ、貴様の処遇はまだ決まっていない」
妖魔はそう言い放った。
誰か、助けが来ないものか。曹丕と同時に遠呂智軍から離反した甄姫の軍勢は、妖魔軍に与する者達の侵攻を受け、妖術に惑わされた為に一度は壊滅状態にあったという。曹丕は愛する彼女の為に軍を割いて自ら救出に向かったらしい。
兄が、自分の為に危険を侵すということは考えられなかった。血の繋がりはあるが、特段親しい訳でもない。彼のように優れた才覚がある訳でもない。
「私も甄姫様みたいに、かっこよく助けられたいな」
などと、この場に不釣り合いな願望が生まれた。曹丕に助けられる、甄姫が羨ましかったのだ。乙女は配偶者も、好いている異性も居ない。自分が結婚していれば、夫となった人間は自分を助けてくれるだろうか。
もしこの場で誰かが助けに来てくれたのならば、その人と結婚したいものだ。そう思った時だった。
「おーい。乙女のことを助けに来ただよー」
戦場に不釣り合いな、少し間の抜けた声が辺りに響いた。この声の主を、乙女は知っている。
「許チョ殿!!」
妖魔が彼に気づき、一斉に立ち向かう。彼の姿が見えなくなり、乙女は思わず目を逸らした。
しかし、妖魔の声が止み、恐る恐る乙女が目を開くと、倒れた妖魔の山の中で、許チョはただ一人だけ、平然として立っている。
いつもぼんやりとしているのに、食い意地は張っていて。曹操が居なくなってからもどうしてか遠呂智に味方する曹丕軍に大人しく従っている彼。彼のことを、よく知らないと思っていた乙女だったが、とんでもなく格好よく見えたのだった。
「今、縄を解いてやるだぞお」
多くの妖魔を撃破したというのに、疲れた様子は感じられない。縄を外された乙女は、呆然として彼を見上げた。
「あ、ありがとう……どうして、ここに?」
彼は曹操のことを信じて付き従っていた。自分が曹操の娘だから、義務感を感じて死地に飛び込んだのではないか。そんな邪な考えが浮かぶ自分を恥ながらも、許チョに尋ねた。
「乙女のことが好きだからに決まってるだよお」
彼に手を引かれ、乙女は立ち上がった。きっと許チョは、純粋に自分のことを好いているから、助けに来てくれたのだ。乙女はその心遣いに感激する。
「許チョ殿……本当にありがとう。後で一緒に美味しいもの食べよう」
乙女の言葉に、許チョは嬉しそうに笑うのだった。
まだ戦いは続く。だが乙女は戦いが終われば許チョの所に嫁ぐことを曹操に願おうかと思い始めていた。甄姫を助けた曹丕のように勇敢な志を持つ彼となら、上手くやって行けるような気がしたのだ。
甄姫と曹丕とは、程遠い見た目かもしれないけれど。それでも乙女には関係がなかった。
「おいら乙女に会えてとっても嬉しいぞぉ」
そう言う許チョを横目に、早く戦いを終わらせないといけないのだと、乙女は強く思った。何となくだが、曹操は生きている気がするのだ。曹操に彼と二人で結婚すると言えば、どんな反応を見せてくれるだろうか。戦場の喧騒の中でそんな考えを巡らすまでに、彼女は浮かれているのだった。
(20240330)