眠った振りをするの
「星彩ってさ、いつも強くて冷静で……本当に凄いね」
乙女は足の包帯を取替えながら、武器の手入れをする星彩に対してそう言った。乙女とは違い、星彩も同じように戦場に立つ武人であるのに、傷のひとつもその身に受けていない。それに、取り乱すこともない。自分とは大違いだなと乙女は常々感じるものだ。
「ありがとう。あなたのように果敢に立ち向かうのも、十分凄い。けれど、あなたは無理をしすぎているように見える」
「少しは無理しないと、皆に追いつけなくなっちゃうからさ」
本当は、自分が戦場に出るような人間ではないということを、乙女は薄々と感じていた。女であるというだけで、戦うには不利となる。それでも自分の手で戦うことが、本当の意味で信念を貫くことになると思っているからこうしている。
だが。それも潮時なのかもしれない。こうして包帯を取り替えるだけで済むならいいが、乙女は幾多も怪我を追い続けているし、この先もこの体が無事であるとは限らないからだ。
「……戦うことが全てではないと思う。人には、得意なことと不得意なことがあるのだから」
「やっぱりそうなのかなあ」
戦場では、周りに居るとは男ばかりである。その中で二人は数少ない女性であるから、自然と仲良くなっていた。二人の気質は異なるが、不思議な程に噛み合っている。
「あなたなら、複数の縁談が来ていてもおかしくないでしょう。嫁ぎ先で家を支えるというのも、形が違うだけで乱世を鎮めることに貢献していることになる」
「まあ、確かにね。けど私、鎧の下は傷だらけだしなあ」
縁談なんて、乙女は考えたことすらない。本当に複数の縁談が来るのだろうかと思うが、星彩が言うのならばそうなのかもしれない。体に傷が残っている、お世辞にも綺麗とはいえない体だが、受け入れてくれる人がいるのだろうか。
「もしあなたが結婚したくても出来ないのならば……その時は、私があなたをもらう」
「うん、そうしてもらえると嬉しいな」
「約束、する?」
「しよう。約束。星彩に嫁ぐのもいいかもね」
極めて冷静に星彩がそう言うものだから、乙女は思わず笑ってしまう。
けれども、星彩らしい言葉だと乙女は思った。
「結婚、おめでとう」
「……うん、ありがとう」
そう言って乙女の結婚を祝う星彩は、やはりいつもとそう変わったようには見受けられない。
乙女の母親などは立派になったと、女としての役割を果たすことが出来るのだと喜び涙も流している。
女としての役割を全うしたいなどという考えは乙女にはない。ただ戦場に立つのはやはり向いていなかったのだ。そう思っただけのことである。
そんな折に偶然縁談の話が舞い込んだものだから、乙女は受け入れてしまった。全てが順調に進んでいたが、実の所はこの結婚が上手くいくという保証はない。
それでも、こうして母親が喜んでいる姿を見れば、結婚は間違いではなかったのだと乙女は思う。
母親以外にも多くの人が喜んでいるのだ。戦場に立つことに対して未練が残らないではなかったが、こうした判断はやはり正しかったのだという思いを強める。
「……でもさ、約束破っちゃって、ごめんね」
本気で交わした約束ではなかったとしても。乙女は星彩とあの時話したことを片時も忘れていない。
本当に自分を愛してくれるのか分からない男の許に行くよりも、星彩と一緒になったほうが幸せだったのかもしれない。心のどこかには、そんな気持ちが残っていた。
「構わない。……私は、あなたの晴れ姿が見れただけで、嬉しいから」
この世で女と一緒になるなど、そんなことは許されないのだということは分かっている。星彩もそれは同じだろう。
「星彩は、やっぱりいつも冷静で強くて……私、少し羨ましいな」
戦場に立っている時は、星彩と共に居られた。もし自分が星彩のように強ければ、ずっと彼女の傍に居られたのかもしれない。
星彩のようになりたかった。きっと彼女のように強い心があるのならば、どんな決断をしても未練など残らずに全てを忘れることが出来るだろうから。
「あなたは強い。……私はそう思っている」
それでも、星彩がそういうのなら。自分の心は強く、この先に待ち受けること全てを乗り越えられるのだろう。
乙女は頷いた。やっぱり彼女のことが好きだ。その思いは拭い去ることは出来ないのだった。
「星彩、お前泣いてんのか?」
一人で佇む星彩に対して、張飛が声を掛ける。乙女と星彩は仲が良かったということを知らない張飛ではない。張飛も乙女のことを可愛がっていたから、彼女の結婚にはそれなりに思うところがあるのだろう。
「……父上。今は放っておいてほしい」
張飛は何かを言いたそうにしていたが、星彩がそう言ってあまりにも睨み続けるため渋々といった様子で彼女から離れていった。
あの日の約束が忘れられない。それは星彩も同じだったのだ。
「私にだって、弱い部分はある。……声を上げて、泣くことも……」
(20240603)