死に花を
「関索殿って、花がお好きですよね」
戦のない束の間の平和。乙女は熱心に花を見つめる関索に対してそう言った。
「この乱世の中でも懸命に咲く花を見ていると、私もこの花のように、地に足をつけて戦わなければいけない。そう、強く思うんだ」
それに、女性からよく花を贈られるから、それも相まって好きになったのだけれどね。
そう続ける関索に対して、相変わらずだと乙女は笑う。乙女は特に関索の屋敷も部屋も直接訪れたことはないが、きっとそこら中に花が飾られているのだろう。その様子は容易に想像出来た。
彼は優しい人だから、例えどんな女性から贈られた花であっても無下にはしないのだろうという気がする。
どんな女性でも、どんな花でも。確信は持てないが、きっと彼に大切にされたのならば、少しでも想ってもらえたのならば。この束の間の平和のように、その瞬間は幸せを感じる事が出来るのだろうか。
「……乙女殿?」
考え込んでいた乙女を心配したのか、関索は不思議そうに尋ねる。
「関索殿って、どんな花でも愛でることが出来るのですか。どんな花でも、心から愛することが出来るのですか」
「どんな花でも……? それは分からないけれど……いや、きっと、愛することが出来る。花の美しさというものは、その姿形だけではないから」
関索は少し悩んでいたようだったが、直ぐに答えを見出す。その答えは関索らしいと乙女は思った。
花の美しさは、一つとは限らないのだ。
「……その答えが聞けて、安心しました」
この人ならば、死に花すらも愛してくれる。彼の言葉が聞けてよかった。これで心置きなく死ぬ事が出来るのだから。
乙女は関索に礼を言って、いずれ来る戦の準備に向かった。
この平和を乱そうとする人間が居ることを、乙女は知っている。この平和は、瞬く間に破られる。
この命を捨てることも惜しくはない。それを教えてくれたのは、関索殿。あなたですよ。乙女は未だ花を見る関索をちらりと振り返った。
「乙女殿が……?」
関索はもたらされた報告を聞いて絶句した。陣地は混乱が巻き起こっている。
乙女は敵国から送られた間者だった。他にも同じような人間が軍の中に居るのではないか。そのように囃し立てる人間も居る。
だが関索が上手く言葉を発せなかったのはそれが原因ではない。
乙女は間者であったにも関わらず、敵軍……つまり、彼女の本来の主君に刃を向け、刺し違えたのだという。それは壮絶な最期だった。
敵味方入り乱れた混戦で、彼女の遺体はおろか、遺品の回収すらままならない。そのような戦況だった。
何重にも折り重なる衝撃が、関索を覆っていたのだ。
「これを、事が終われば関索様に渡すようにと。乙女様が戦いの前にしたためたものです」
忙しなく動く兵の中で、関索は自分だけが取り残されているような感覚に陥った。彼女の部下というわけでもない一介の兵から受け取った書を、慌てて開く。
そこには彼女の流麗な文字でこう書かれていた。
「死に花を咲かせに参ります」
たった一文のみだったが、関索はそれを読んで全てを察した。
彼女の死は、決して美しいものではない。彼女の遺体は、きっと踏み荒らされ無惨な状態となっている。
それでも、本来の主君ではなく自分のために散った彼女のことを。美しくないなどと言えるだろうか、いや、言えない。
関索は天を仰いだ。花の美しさは姿形ではない。散るときも、花というものはその美しさを少しも損なうことはないのだ。
それを分かっているはずなのに、関索はどうにもやり切れなかった。あの時、花を愛でるのは嫌いだとでも言っていれば、彼女はこんな目に遭わなかったのだろうか。
(20240602)