相互補完
「関興。……ぼーっとしてると、ぶつかるよ」

書簡を抱えて、どこか上の空な関興を見かけた乙女は、彼を咎めようと思って話しかける。だが関興は彼女の言葉を聞いているのかいないのか、「……ああ」とだけ呟いてどこかに行ってしまった。

いつもこうだ。乙女と関興は小さい時からの付き合いで、少し抜けている彼に対してせっかちな部分がある彼女は、よく彼の手を引っ張って色々な場所へと連れ回していた。

あんなので、本当に大丈夫なのかな。

乙女には、関興が本当にあの軍神の血を引いている人間だとは思えなかった。平時ならともかく、戦場でもあのようだと将としてはいけないのではないだろうかと。

関興が困っていることがあれば乙女はすぐさま駆けつけ、全てを引き受けてしまう。昔からそうだった。関興が棚に挟まっている書簡を引っ張り出した時、目的の書簡につられ関係のないものまで大量の書簡が床に散らばってしまったことがあった。関興は暫くの間何か慌てたりするまでもなく静止していたのだが、乙女が見つけるや否や書簡をかき集めて元の位置に戻し始めた。そこで初めて関興は、自分のした失態に気づいて自らも書簡を拾い出すのである。

関興の服の裾が破けて糸が出ていたときも、それを初めに発見したのは乙女である。それくらいだったらすぐに修繕出来るだろうと乙女は思ったが、彼はなかなか取り掛からなかった。針に糸を通すことさえも苦労していたのである。だから彼女は我慢できなくなって、結局全て直してしまった。関興の為にならないのではないかと思いつつも、乙女は自分がやったほうが早いと思って引き受けてしまうのである。


このような調子だから、初陣は生きて帰ってくるだけで精一杯なのではないか。乙女はそう思っていたが、命からがら戦場という名の地獄から必死の思いで生還したのは、乙女のほうであった。

関興はそれどころか、いつものように何も考えていないような、涼し気な表情を浮かべたままで帰陣した。それでいて初陣とは思えないほどの成果を上げている。

怪我を負って寝台に臥している乙女は、初めて自分が関興に負けてしまったと思った。

勝負をしているわけではないが、何となく自分は関興よりも全てが勝っているものなのだ、と乙女は感じていた。

関興と違って地位の高い生まれということでもないから、彼に負けないように努力していたこともあった。だからこそ悔しかったのだ。

だがそれと同時に、関興はいつもこのような思い……劣等感を自分に対して抱いているのではないかとふと乙女は感じた。恐ろしくなった。自分だったら、すぐ近くに優れた人間が居たならばやがて耐え切ることなど出来なくなると思ったのだ。現に今、関興との違いを戦場でまざまざと思い知らされた気がして、乙女は恐怖を感じている。それを関興に強いてきたのかもしれない。なんて自分は残酷なことを彼にしてきたんだ。そう思えば、怪我がさらに傷んできたように感じられた。

「……乙女。大丈夫……だろうか」

関興が見舞いの品を持ってやってきた。会いたいような会いたくないような、相反した感情が乙女を襲う。

「……関興。今まで、ごめんね」

「え……?」

心配そうに顔を覗き込む関興を見てしまえば、乙女の唇は自然と謝罪の言葉を吐き出すように動いていた。関興は何のことだか分からないというように、乙女を見つめた。やっぱり戦場じゃなきゃ鈍感だ。彼女はこの場に及んでもそのようなことを考える自分も嫌だな、と思った。

「……私、今まで関興の世話を焼いてたけど、それって関興よりも私のほうが凄いんだっていう気持ちが私の中に少しでもあったからやってたことなんだって分かっちゃった。本当は、関興からすれば嫌だったのかもしれないのに。でも私は、関興と違ってあの戦いでなんにも出来なかった。自分ってこんなにもダメなんだって思った。だから、今まで関興にはそんな思いをずっと抱かせてたのかなって」

乙女が話す最中も、関興は何も言わなかった。彼女が言い切るまで、彼は頷きこそすれど何も言わなかったのだ。乙女は、今まで関興の優しすぎる部分に甘えていただけなのかもしれないと考えて、さらに落ち込みそうになった。

「私は、何も思っていない。……むしろ、嬉しかった。私は不器用だ……だから、あなたに助けてもらえるのは、嬉しかった……あなたと一緒に居るのは、どんな理由だとしても、喜ばしいことなのだということを、分かってほしい……それに、私のほうこそ、謝らなければいけない……」

「え……?」

今度は乙女が疑問を表す番だった。ひとまず、彼が乙女の行動に対して何も思っていないどころか、嬉しいのだと思っていたことに対して乙女は驚いた。安心はしたが、そこまで彼が自分と居たことを喜んでいたとは思わなくて、さらに驚きの感情が覆った。さらに、彼は謝りたいことがあるという。これ以上ないほどの驚きがまだ彼女に降りかかる。乙女の頭の中には大量の疑問符が浮かんだ。

「……いつも、私を助けてくれるから、恩を返そうと思った……だが私は、あなたを守れなかった。自分のことだけしか、考えていなかった……それが、悔しい。いつもあなたは私に尽くしてくれているのに」

「関興……」

悔しさというものを、乙女は自分だけが抱え込んでいるものなのだと思っていた。

実際のところは、そうではなかったのだ。なんだか、この幼なじみのことを、彼女は健気だなと思った。それと同時に、やっぱり彼のことは戦場以外の部分で守ってやらなければならないような気がした。戦場で役に立てないのならば、それ以外の部分で役に立てば良いのだ。

「私さ、戦場では足でまといかもしれないけど、その分それ以外の場所で、関興のために尽くすよ。もっとあなたの為に、頑張るから」

「なら、私も戦場ではあなたの為に尽くそう。……それに、あなたが居るだけで、私は戦う力が湧いてくるのだから。……もっと、私はやれるはずだ」

適材適所。二人三脚。そのような言葉が今の自分にはぴったりだと乙女は思った。二人でならどんなことも乗り越えられるはずだ。

(20240527)
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