焼かれる
「目が覚めましたか! あっ、無理に動かないでください、傷が開いちゃいます」

乙女が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。自分に声をかける少女のことも、誰だか分からない。

ただ、美少女というものはこのような人のことを指すのだろうということは分かる。意識が朦朧としている中でも、それだけは明朗としていた。

「私、なん、で……」

乙女の声は枯れていた。上手く言葉を発することが出来ずに咳き込む。身体中がみしみしと軋んだような気がした。

少女は乙女の質問に答えるよりも先に、水を取りに行く。その隙に乙女は目を動かして辺りを見渡したが、やはりここがどこなのか、自分はどうしてここにいるのかはさっぱり検討もつかない。

「まず、水を飲んでください。私が支えますから……起き上がれそうですか?」

促されるがままに、乙女は体を動かす。どこもかしこも傷んだが、少女が体を支えてくれたおかげで起き上がることが出来た。手渡された水を飲み干すと、身体中に水分が行き渡ったかのように思える。水を飲んだのはいつぶりなのかも分からないが、今までで一番美味しく感じたと乙女は感じた。

「私、なんでここに居るんですか」

乙女は、呉軍の将として……陸遜の部下として戦いに参加していたはずだ。全身傷だらけであるのだから、手酷くやられてしまったのだろう。だがこの少女は呉軍の中では見たことがない。女であるというだけで軍の中では物珍しいものだから、知らない人間などいないはずなのだ。乙女はじっと少女を見るが、やはり誰なのかを思い出すのは出来なかった。

「戦場の外れで倒れていたから……お顔は大丈夫のようですけど、その包帯の下……酷い火傷でした。身につけているはずの武器も見当たらなかったし、あなたが誰の指揮下にいるのかも分からないけれど……とりあえず連れて帰ろうと思って。もう、これ以上皆が犠牲になるのは見ていられないし」

乙女は、自分の体に汗が滲み出るのを感じた。

呉軍は、あの時戦っていた敵軍に比べれば負傷者も戦死者も少数に抑えることが出来ていた。

それなのにである。自分はきっと、自分の属する軍が行った火計に巻き込まれてしまった。なんと愚かな失態だろう。陸遜は今頃どうしているのだろうか。不甲斐ない部下の心配をしているほど彼がお人好しであるとは思いたくなかった。こんな人間の気を遣う時間など、きっと彼には必要ないからだ。

だが、この少女は呉軍の中では見たことがない。それに、これ以上犠牲を出したくないと言う言葉。あの戦いで敵対していた……つまり、蜀の人間なのだ、彼女は。

「では、あなたは……」

蜀には、自分達呉が討ち取ったあの軍神の娘が居るのだという。彼女は父親と同じように武芸に秀でているのだと聞いたことがある。

乙女は、自分から尋ねておきながらもその答えを聞きたくはなかった。互いが傷つくのは分かっているからだ。

「私、関銀屏って言います。あなたの名前は?」

答えは案の定であった。正直に名乗るべきなのか。呉の人間であり、あなたの父上の仇であるのだと。

だが、言えないような気がした。乙女は既に、この美しい少女に心を奪われていたのだ。一時ならば、夢を見ていても許されるのだろうか。いずれ袂を分かつであろうその時までは。

「私の名は……」

もし正体が彼女に明らかになってしまったとしても。その結果殺されてしまうのだとしても。それでも乙女は構わないと思った。彼女の瞳はあの日見た炎のように輝いている。炎に焼き尽くされるのも、悪くない話だろう。

(20240604)
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