いつものように受け入れて
「それが任務とあらば」
この男は何を命じても、それが任務であるのならば遂行するのだという。彼のそういった律儀で誠実な部分は好ましい。乙女はそう思って彼を重用してきた。難しいことを命じても、彼は文句一つ言わなかった。その功績を称えて大きな報酬を与えようとすれば、必要以上のものは要らないと言って丁寧に固辞した。謙虚な男だった。
「ありがとう」
短く礼を言えば、男は拱手して去っていった。大きな背中だと乙女は思った。彼が居たからこそ、この国はここまで勢力を伸ばすことが出来たのだ。
この地が落ちることは免れないだろう。乙女は砂埃や血で汚れた自らの体と、そして逃げ惑う兵を見下ろして思った。
女である身でどれほど大きなことが出来るのか。どこまでも試してみたいものだと考えてここまで上り詰めてきた。だが現実とは非常識なもので、積み上げてきたものが崩れ落ちるのは一瞬なのだ。
口惜しい。このまま逃げれるものならば逃げてやりたい。まだなんの力も持たなかったあの頃に戻って、広大な地を自由に走り回りたかった。
女である以上、ここから逃げられたとして捕縛されれば殺されるだけでは済まないのだろう。嬲られ打ち捨てられるのか、弄ばれて飼われるのか。先はまだ分からないが、平穏に暮らせる未来は来ないはずだ。それならば、今の自分が行えることは一つしかない。
「トウ艾」
「はい」
男はどんな時でも、忠実だった。今もなおそうだ。相変わらず、不器用なほどの真っ直ぐさで乙女に応え、武器を構えたまま立っている。
「私を殺しなさい」
恐ろしいほど冷静に乙女はそう言った。思い空気の中、沈黙が続く。時が止まっているかのように感じられたのは、普段ならばすぐに返事をするこの男が何も言わなかったからだ。
「……それは」
「これは任務です」
渋る男に対して、乙女は即座に発した。男に背を向ける彼女の表情、そして男の表情は互いに見えることはない。男が乙女の命令を受け入れなかったのはこれが初めてだった。
自分の背中は、どのように映っているのだろうか。乙女は幼い子供のように泣きじゃくりたい気分だったが、それでも毅然として立っていた。男のほうを向くことは出来なかったのは、彼の顔を見れば涙が溢れてしまいそうだったからだ。
「もう一度言います。私を殺しなさい。私は辱められるくらいならば、あなたに葬られることを望んでいます」
怒号が聞こえる。兵たちの怒りと悲しみは広がっているのだ。自分が死んだところであの者達の命の保証は出来ない。だが少なくとも、自分のために戦うことはない。決断するべきだ。この男がどう思おうとも。乙女は震え始める体を抑えながら男の言葉を待った。
「……それが、任務とあらば」
男はようやく、乙女の言葉を受け入れた。
顔を見ずに、一撃で首を刎ねてほしいと乙女は思った。
きっとこの男は、悲しみに暮れている。未練が残る前に、全てを終わらせてほしかった。
(20240511)