耳飾りの行方
乙女は、張コウが好きだ。いや、正確に言うと張コウの耳飾りが、である。乙女も耳飾りを付けているが、目立たない小さいものだ。少しでもお洒落に振舞おうとして付けているものだったが、本当にそれが自分に似合っているもなのかどうかは分からなかった。

戦場で過度に美しく着飾るのにはあまり意味がないと思っていたし、執務で一日を過ごす日であっても結局装飾品が邪魔になるだろうとして至って質素に過ごしていたのだ。

だからこそなのだろうか。張コウが戦場においてもなお美しさを求めている姿は、乙女も尊敬の念を抱いていた。

張コウとは直属の臣下というわけではないため、頻繁に関わることはあまりない。だが、関わり耳飾りを見かける度に惹かれているような感覚があるのを乙女は自覚している。なんだかんだで近頃は顔を合わせる機会が多かった。

だが、張コウの言う美しいものが何なのかは、大多数の人があまり理解できないことと同様に、乙女もあまり分からなかった。それでも分からないからといってむやみやたらに詮索するものでもないと考えていた。彼の考え方や美的感覚は独特のものだったが、決して不愉快なものではない。それに、分からないからこそ魅力的なのかもしれない。乙女はそう思っていた。

そういう訳で、彼女が張コウのことを唯一理解できるといってもいい物が、彼の身につける耳飾りだったのだ。

一目見ただけで、その美しさが分かる。輪の形をした耳飾りは、遠目から見てもかなり目立った。結った長い髪と同様に揺れるそれは、張コウの元にあるからこそ、より輝きを増しているのだと乙女は思う。

張コウの耳飾りに、乙女は憧れていた。何となくで選んで付けた、自分のものとは雲泥の差のように感じる。だが張コウと同じ形のものを付けるというのも、少し烏滸がましい気がして、無理だった。

だからこそ、たまたま見かけた張コウの僅かな変化を、乙女は見逃さなかった。いや、正確に言うならば、見逃すことはできなかったのである。

「どうかしましたか。人の顔をそんなに見つめて」

気づかれてしまった。乙女は咄嗟に目を逸らすも、もはや意味がないことを悟った。気づかれてしまうほどに張コウのことを見ていたのは事実だからだ。今更弁解する程の意思は、乙女には無いし、言い訳も思い浮かばなかった。

「いつも付けている耳飾りが、無いなと思いまして……」

この言い方ならば、いつも張コウを見ていると言っているのと同じではないか。乙女は急に気恥ずかしくなって、再び張コウから目を逸らした。

だが、彼女にとって張コウが耳飾りを付けていないということは正に一大事といっても過言ではないのだ。彼を構成する要素が少しでも欠けるというのは、大きな違和感として乙女の目に映る。最も、それを張コウ本人に知られるのは話が違うのだが。

「そこに気づくのは、貴方が初めてです!!」

張コウが急に大きな声を出したものだから、乙女は体が強ばるのを感じた。張コウは持っていた書簡を机に置き、立ち上がった。すらりのした体が翻り、あっという間に乙女の前に躍り出る。まるで舞っているかのような姿だった。

「あ、あの……?」

乙女は自分の一言で張コウがここまで感情を露わにするとは思ってもみなかった様子で、目を丸くする。彼の様子も疑問だったが、耳飾りの有無に気づかない者ばかりというのも驚きだった。そもそも張コウのわけが分からない話を避けるためにわざと指摘しないという可能性もあるのだが、乙女にとっては指摘しなければどうするのか、というまでに耳飾りの有無は重要だった。

「私は昨日まで金に煌めく耳飾りを、確かに付けていました。ですが、昨日の宴会でなんとも無粋なことに、酒に酔って私の耳を飾りごと引っ張る者が居たのです!流石の私でも、耳を引きちぎられたくはありませんから、今日は付けるのを止めたのです」

なんという悲劇!と、張コウは一人で歌うように語った。ともかく、彼が耳飾りを付けていない理由は昨晩の宴会が発端のようだ。今回の宴会は数日続くようだから、張コウは最初から耳飾りを付けないという結論を出したらしい。

「そうでしたか……残念です」

残念? と張コウはすかさず聞き返した。いよいよ言い逃れが出来なくなってきたと、乙女は内心焦る。今更隠しても仕方がないのだ、と乙女は思った。

「張コウ殿の耳飾りが、ずっと素敵だと思っていたので……無いと悲しいな、と」

張コウ本人に対して、素敵だとか、居なくて悲しいだとかを言っているわけではない。ただ耳飾りのことを話しているだけであったが、乙女ははっきりいって恥ずかしかった。

「そういうことでしたか! 貴女には素晴らしい審美眼があるようです。耳飾りの美しさを知る者は、あまりにも少ないのですよ」

張コウは余程嬉しかったのか、乙女の周囲をくるくると回る。確かに、張コウとよく一緒に行動している面々は、装飾品に興味が無さそうだと乙女は思い浮かべた。きっと宴会で彼の耳を引っ張ったというのも、そういった人達なのだろう。

「審美眼だなんて、そんな……ただ私は、張コウ殿にはあの耳飾りが似合うと思ったまでです。張コウ殿だからこそ、映えるというか。美しく感じるのです」

乙女からは次第に羞恥の気持ちが消えていった。単純に、張コウに褒められたことが嬉しかったのかもしれない。そう一旦思えば、張コウのことを褒める言葉もすらすらと告げることができた。

「謙遜せずとも、貴女はとびきりの美しさをお持ちですよ」

張コウにそう言われてしまうと、そうなのかもしれないと思ってしまう。これがきっと、ほかの人ならばお世辞や社交辞令としか思えなかったかもしれないが、張コウの言葉となると信じてみようという気分にname#はさせられた。しかし、だからといって素直に認めるのもどうかと思い、乙女は黙る。

そんな乙女を見かねてか、張コウは話題を変えて、話を続けた。

「ああ、それよりも……宴会には参加していないのですか」

張コウが先程から話している宴会は、戦勝祝いのものだった。乙女にも参加する資格はある。しかし武働き以外に出来ることは彼女には無かった。それに、着飾るのは得意ではない。甄姫や蔡文姫のような美しさも、楽器を奏でる才も無い。それならば残っている執務でも進めようと、彼女はわざと宴会には出席していなかったのった。

「参加していません。執務が沢山残っていますから」

そう彼女が答えると、張コウは腕を組み、うんうんと何かを考えているような素振りを見せた。

「執務は私が手伝いましょう、乙女。それでも多すぎるならば私がなんとかするように掛け合います。ですから、今日の宴会には参加してください」
「……え?」

突然の事で話が飲み込めない。乙女の仕事を手伝う義理など、張コウにはないはずだ。それに宴会の参加を強制されるのは、流石に乙女の心に陰を落とすことだ。

張コウは乙女の前から体を反転させると、机の上に置いていた箱から何かを取り出し、再び乙女に向き直った。

「ぜひとも私の耳飾りを付けて、宴会に参加してください」

彼が何を言っているのか、乙女は分からなかった。普段から突飛なことばかり言う張コウはそれ自体も魅力的なのだが、だからと言って何でも受けいられるわけではない。乙女は困惑するばかりだ。

「私が、ですか?」

張コウは銀色の耳飾りを揺らめかせた。乙女はこの色の物は久しぶりに見たな、と思う。同じ形であっても、最近まで彼が身につけていたのは金色のそれだったからだ。

「ええ。これは最近付けているものとは少し異なりますが……貴女が私に言った美しさというものを、私も拝見したいのですよ。自分の目からでは、自分の付けている耳飾りの輝きを見ることは出来ませんので」

「ええ、だからと言って、そんな」

耳飾りを押し付けられる。張コウは心底嬉しそうな表情を浮かべた。耳飾りの輝きを見たいということは、乙女を見たいと言っているのと同じだ。乙女は否定する理由が思い浮かばずに受け取ってしまったが、彼の真意は読めなかった。

「酒に酔った野暮な方たちには近寄らせないようにしますかは、安心してください」

「いえ、そういう訳ではなくて……その、私如きが参加しても……」

執務のことは単なる言い訳に過ぎない。乙女は宴に参加しても浮いてしまうのではないかという懸念の方が重要なのだから。

「貴女は自分が思っているよりも美しいのですから、気にする必要はありません」

では、またお会いしましょうと言い残し、張コウは部屋を出ようとする。

「それに、貴女のことは将来の妻と紹介しますから」

「あ、あの」

乙女は耳を疑った。張コウを追いかけようと慌てて立ち上がり追いかけようとするも、既に彼の姿はなかった。

だが、彼の言葉を疑う余地はなかった。平然としているように見えた彼の後ろ姿を、乙女ははっきりと覚えている。

張コウの耳は、今までに見たことがないほど紅く染まっていたのだ。それを思い返して、乙女もまた自覚するほど顔を紅くするのだった。

(20231214)
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