たまにはこんな日も。
「酒池肉林じゃー!」

董卓が手を叩いてそう叫べば、大勢の人間が肉と酒を大量に運んできた。それは董卓の目の前でなく乙女の元にも運ばれる。正直、そんなに肉やら酒やらを持ってこられても、そこまで飲み食いできるほどの胃袋は持ち合わせていない。

この肉や酒は、妖魔達が民から略奪したものらしい。乙女はそれならば気兼ねなく摂取することができるとは思ったのだが、それはそうとしてこんなに用意するくらいならば備蓄しておけばいいのにと思った。

「今夜は宴じゃ、皆、思う存分楽しむがよい!」

この奇妙な世界の中、遠呂智討伐後の董卓は本拠地を求めて各地を流浪していた。そのような中で大蛇が出現し、人々は混乱の渦中にあった。

だがこの董卓という男は、全く動じずに自らの利益のみを考えて動いている。その胆力は流石と言わざるを得ない。

乙女は特段この男に思い入れがあったわけではない。たまたま、本当にたまたま、行く宛てもなくふらふらとさ迷っていたところを雇われたのである。

董卓軍は中華の、乙女からすると所謂「三国志」を彩った人間たちで構成されている。彼らの中に銃を扱える人間はいない。そこで乙女に白羽の矢が立ったのであった。

乙女は雑賀衆の端くれとして、それなりに矜恃を持っていたはずだ。頭領はどれだけ金を積まれたとしても、気に入らない相手であれば決して従わないという人間である。彼であれば董卓に従うなど言語道断だろう。第一、乙女も従うなど有り得ないと思っていた。

だが情けないことに、乙女は無一文だった。雑賀衆は雇われたのならばどこにでも行く。一体どこではぐれてしまったのか乙女は見当もつかなかったが、仲間はどこにもいなかった。

自らの自尊心を著しく傷つけるような気がしたが、仕方がなく、本当に仕方がなく董卓の元で働くことになったのである。

これも、いつか頭領の元に帰るためだ。乙女は無辜の民を殺すのは嫌だなと思いつつ従っていたのだが、意外にも董卓が侵攻したのは妖魔の軍勢ばかりだった。

大蛇の出現により人間は壊滅的な被害を受けているし、妖魔は人間たちのあらゆるものを奪い取っている。

董卓曰く、破壊するだけでは意味がない。酒池肉林のためには、奪い取ることで全てを自分のものとしなければならないらしい。

恐らく、民たちは董卓が奪い取るだけのものすら持っていない。だが近頃、嫌という程力を伸ばす妖魔は欲望のままに蠢いている。

董卓からすれば、自らの理想である酒池肉林のためには妖魔からふんだくった方が早いのだろう。

そういうわけで、乙女の火縄銃が撃ち抜くのは妖魔ばかりであった。何だかんだで董卓は彼女の腕前を褒めるし、それに関しては悪いはしなかった。

だが美女と見るなり目の色を変える董卓は、不思議と乙女に対しては軍内の男と同じような扱いをしていた。それに関しては若干不服を申し立てたい気がしないでもないが、変に手を出されるよりは何億倍もましであるので、彼女は黙っている。董卓以前に、乙女が上司として慕っている頭領も女好きでありながら彼女には目もくれないから、そこはそういうものなのだろう。と彼女は自らの中に少しだけ生まれた疑念を無理やり濁している。

そこは本題ではない。

乙女は、自分の目の前に嫌という程置かれている肉と酒をじっと見た。

ちらりと隣に座っている男の卓を見たが、そこにいる屈強な男よりも乙女に用意されているもののほうが多いような気がする。

あの董卓に女とすら思われていないというのはやはり癪であるように思ったが、それはこの際見逃そう。

とにかく、こんな量をぽんと渡されても食べられるはずがない。いや、肉以外にも色々用意されているが、別に贅沢をしたいわけでもなんでもないのだ。

とりあえず乙女は料理を口に運ぶ。美味しいは、美味しい。なぜこのような状況でこんなに凝ったものが用意できるのだとか疑問は浮かぶが、周囲の兵士たちは早速酒を呑んで騒いでいる。

構成している人員の様子は全く異なるが、雑賀衆の面々と宴を開いたことが懐かしく感じるほど、妙に和気あいあいとしている。

「どうした、乙女? もっと楽しそうにせんか!」

酒池肉林の光景にご満悦な様子の董卓は、乙女の前に歩み出てそう言った。

「十分楽しんでいますよ……というか、どうして私、こんなに肉も酒も多いのですか」

「んん? 至極簡単なことだろう。お前は先の戦いで戦果を挙げた! 今は金銀財宝よりも食べ物が手に入りやすい。それがお前への褒美だ!がっはっは!」

ああ、そうですか……乙女は納得したが、少しだけ複雑だった。

董卓はきっと、身内にはとことん甘いのだろう。そして、自らの野望の邪魔になる輩は容赦なく斬り捨て全てを奪い取る。

暴君とは、よく言ったものだ。だがこうして彼に仕えている人間はそれなりに楽しそうである。特に今は人間からすれば共通の敵を討ち取っているわけであるから、誰にも非難されることもない。

平和な世界で同じようにしていれば、民の心を平和的に掌握することができそうなものであるが。どうしてそれをしないのだろうと思ってしまったのだ。

乙女はそのような考えが浮かんでしまったということで、自分が董卓に籠絡されかけているような気がした。そのため大勢の人が見ているにも関わらずに首をぶんぶんと振って、これでもかというほど否定する。傍にいた男がぎょっとして彼女のほうを見たような気がするが、本人は気づいていないようだった。

私は、頭領の元に帰るんだ! そう決意しながらも、もう少し董卓の味方をすることを厭わずにいられるという気持ちが、乙女にはある。

頭領に、董卓に雇われていたのだと言ったらどんなことを言われてしまうだろうか。

案外、笑い飛ばしてくれるかもしれない。乙女はそれを期待しながら、酒を勢いよく煽った。

(20240628)
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