戦場に立つという生き方
腕が痛い。これでは武器を持つことが出来ない。
乙女は包帯を取り替えながら、深い溜息を吐いた。

戦場で怪我を負うのは、特段珍しいことでは無い。それは誰であっても、戦う者ならば当たり前のことだ。乙女もそれは理解している。

理解しているつもりでも。それでも納得出来ない事も、世の中には多く存在する。特に武功をあげることを生きがいとしている彼女にとって、戦場に立てないということは苦痛を伴う状態だった。

普段の働きが認められているということもあって、乙女は傷を治すことに専念することを言い渡されていた。彼女にとっては、複雑である。

休暇を自分のために使うという行為そのものが、乙女にとっては考えられないことだ。できる範囲で武装をして、鍛錬に向かう。妥協を許さないということが、彼女の本分だった。そういった生き方を今までずっとしてきたから、彼女にとってはそれが当たり前だった。

鍛錬場では、既に複数の人が打ち合っている。実際に得物を持たずとも、見ているだけでも良い。そう思っていた彼女だったが、その中にある人物を見つけた。相手に詫びを入れ、乙女の元に向かってくる。彼女はぎょっとして後ずさろうとしたが、時すでに遅し。

「乙女殿。安静にと言っていたはずだが」

今一番会いたくない人間に会ってしまった。乙女はそう思って、再び溜息を吐く。

「曹仁殿。私には、休んでる暇なんてないんです」

曹仁こそが、乙女に休暇を強制した人物だった。彼なりに気を使って英気を養なうように計らってくれたことは、彼女も知っている。

それでも、例え武器が持てないとしても、それなりに出来ることはあるはずだ。そう思っているのだが、曹仁相手では分が悪いような気がした。よって乙女は彼の横をそのまま通り過ぎようとしたのだが。

「休む暇を与えているのだ。……全く」

彼女の思惑を見抜いているのか、曹仁は彼女の腕を掴み引っ張る。

「痛い痛い! 痛いです! 分かりましたから」 

遠慮がない曹仁の行動に、やはり彼を撒くのは不可能だと乙女は思った。怪我人にも容赦しないのは、酷すぎやしないかと心の中で悪態をつく。

「そもそも、なぜそなたは今になってもなお武に執着するのだ。もう母親の顔を立てる必要もあるまい」

「まあ、そうですけど」

曹仁は、乙女がなぜ戦いで成果を上げることに執着しているのかを良く知っているつもりだった。

乙女には、元々兄が居た。その兄に母親は期待していたのか、彼の出世のためならば何でもやる、そんな母の姿を乙女は良く見ていた。

そんな中で兄が病で死に、母親は兄の代わりを乙女に見出した。いや、見出したというものよりも過酷なものだった。

兄が得ることが出来なかった名誉と地位を得るようにと、乙女は兄の死後から男のように育てられた。

正直、曹仁には理解が及ばないものだ。乙女は母親に逆らわず、己の宿命を粛々と受け入れる。少なくとも曹仁は、彼女が女性らしい所作を行っている姿も見たことがない。それは彼女の母親の死を経ても変わらなかった。

「母は確かに、無茶な人でしたけど……私、戦うことでしか自分を保てないというか。この生活が当たり前になってしまったというか……それに、着飾ることとか、家事も得意じゃなくて」

母親の呪縛に囚われ続けているのではないか。曹仁はそう思っていたのだが、それも少し違うらしい。だが、戦うことでしか自分を保てない状態まで彼女を育んでしまったのは一種の呪いなのではないか。

それでも無理強いは出来ない、と曹仁は思った。戦うことを辞めて、自分の傍に居て欲しいなどと。そんなことは、傲慢な考えに他ならない。

「……だが、無理はするな。療養しないことを、もう咎めはせぬから」

曹仁はそう言うのが精一杯だった。

「曹仁殿が私を心配してくれているのは、よく分かっていますけど。私は自分の生き方を変えれる気がしないんです」

彼女にとっては、それは当たり前のことだ。生き方は変えられない。母親の影響が無かったとしても、自分は戦場に立っていただろうと乙女は思っている。彼女はたまたま家事が不得意で、戦うことが得意だっただけのこと。自分が戦場に立つという生き方を変えることは、この先もできないのだと。

だが、それは違うと曹仁は思った。

曹仁は若い頃に粗暴な振る舞いをして生きていたことを、乙女は知らない。

何かしらのきっかけがあれば、人は変わることが出来るのだ。それを、まだ乙女は知らない。

「……生き方は、変えるものではなく、変わるものだと、自分は思っている。そなたにも、いずれ分かる」

そういうものですかねえ。そう呟く乙女は深く考えているわけでも無さそうで、曹仁はこの調子ではまだまだだと思う。

だが、戦場に立つということを乙女から奪ってしまうということは、彼女の長けている部分を奪ってしまうということに等しい。

乙女の生き方を変えるということは、彼女が彼女である芯の部分を壊してしまうということだ。

曹仁もそれは分かっていた。分かった上で、彼女に生き方を変えることを望んでいる。自分の望みのために。

ただ、危険に冒されない場で彼女に平穏を過ごして欲しいだけなのだ。そう素直に言えない不器用な自分を、曹仁は恨んだ。

乙女は不可解そうに、曹仁の言葉を反芻させる。

その様子をただ黙って見つめることしか、今の曹仁には出来なかった。

(20240128)
mainへ
topへ