神隠しはごめんだ
乙女は、兼続に仕えている。兼続のように刀と護符を組み合わせて戦うという器用なことをこなせる域には達していないが、術を操ることについては多少の心得がある。
兼続に限らず綾御前や謙信も、術を使って戦うことがある。仕組みは、よく分からない。乙女は兼続を見習って護符を扱えるように訓練したのだが、この術の源とは一体何なのだろうか、彼女自身も実の所を言うとあまり分かっていなかった。
全ての人間がそのような力を使えるわけでもないし、乙女が兼続にその力のありかとは一体何なのかを尋ねたところ、予め予想していた言葉以上のことは返って来なかった。「義のために力を振るうのみ」だと。それはそうだろう。乙女もそこは同じ気持ちを持っている。
だからこそ、兼続達以外にも不可思議な術を使って戦う人間が居ると知ることができたのは、彼女にとってこの奇妙な世界で生きる中では大きな収穫だった。
「左慈殿も、護符を使って戦うのですよね。どうやってそれを操っているのか、全く分からないのですが……無知な私に、お教えくださいませんか」
とはいえ、左慈に話しかけるのはかなりの勇気がいる。他の者がどう思っているかは知らないが、彼女はそう思っていた。
近寄り難い雰囲気に加え、人であるはずなのに、人ならざるなにかであるような。そんなものが彼にはあるのだ。
変に知識人ぶろうともすればすぐに打破されるだろうから、乙女は謙って尋ねた。自分が護符を操っている方法が自分ですら分からないのだから、これ以上強気に出ることはまず不可能だと思った。
「……そなたは自分を大層と卑下しているが、術力は優れていると見える」
ぎくり。乙女は自分のこの心の動き全てを読まれているように感じた。
左慈の言葉は短いものだったが、乙女の実力を見抜いているのだろう。護符を扱えること、何も知らないフリをしていること。そんなものははなから分かっている。そう言っているようだった。
「……まあ、左慈殿には及びませんけど。少しだけ嘘をついたのは、謝ります。私、ただどうやったら左慈殿みたいに強くなれるのかなって、知りたいだけで」
左慈はころころと表情を変える乙女とは対照的に、これといって表情を変えずに彼女を見ている。
大体この人、普段どこにいるんだろう。何考えてるか、分かんないし……と、乙女が思った頃、再び左慈は口を開く。
「小生の力の源やらを、知りたいのかね」
「……は、はい!」
思ってもみなかった左慈の言葉に、乙女は迷うことなく返答した。そんな簡単に、教わることができるなんて。
だが乙女はすぐに、後悔することとなる。
「小生と共に、中華でも日ノ本でも、この二つの世界が混ざりあった地でもない……仙界へと渡り、永劫の時を共に過ごすと誓うのならば、教えてしんぜよう」
「えい、ごうに……?」
あまりにも突然のことで事態を飲み込むことが出来なかったが、左慈という男、とんでもない事を言っているのではないか。
そう一度でも感じてしまうと、左慈と今二人きりでいるのはもはや恐怖でしかなかった。
「わ、私! 左慈殿のお力のことはもういいですから! 許してくださーい!」
まさに脱兎のごとく、乙女は一目散に駆け出した。助けてください、兼続様! 彼女の心の中にあるのはもはや、その気持ちのみだった。
冗談のつもりだったのだが、少々からかい過ぎただろうか。左慈はそう思いながら、全速力で逃げていく少女の後ろ姿を眺めているのだった。
(20240626)