操り人形の意思はどこに
歯向かうものを全て殺せと、脳内で叫ぶ声がした。
手にした二本の剣で、敵を斬り進んで行く。敵兵の首を一文字に斬り裂けば、血が間欠泉のように吹き出て、やがて絶命する。また別の敵兵を左足で腹めがけて蹴り飛ばし、そのまま踵を落とす。肋が砕ける、嫌な感触がした。
そうして、乙女は立っている。黒い装束は、返り血が目立たない。だが、倒れた彼らの鮮血は、彼女の白い肌も染め上げていた。手にした剣からは真新しい血液がぼたぼたと垂れ、地面に点を描く。顔に着いた血は既に乾き始めていた。鉄の臭いが鼻につく。むせ返りそうな臭いだった。
「はあ、はあ……」
乙女の周りには、腹を裂かれた者、肘から下を切り落とされた者など、かつて人間だったモノが幾つも転がっていた。
また、こうだ。ガタガタと、乙女は自分の歯が音を立て鳴っているの感じた。体が震えている。自分がこの凄惨な戦場を作る手助けをしてしまった事が、怖くてたまらなかった。
「これはこれは、乙女殿。相変わらず、見事な武勇を奮っておられますな」
「陳宮殿……」
「また、いつものように思っておいでですかな? 私が、私が大勢の人間を殺してしまったのだと。自分の意思に反して、武器を振るってしまったのだと……」
頭が痛い。人を殺めたことに加えて、また陳宮の意のままに操られてしまうのだという懸念が、乙女の頭の中で警鐘を鳴らしていた。
「わたし、私は……こんなこと、したいわけじゃ」
「正直になったほうが身のため、身のためですぞ? あなたは人を壊すのが愉しくて仕方がない。……それに、血塗られたあなたはやはり、やはり美しくてしようがない」
汚れた乙女に近寄ることを躊躇わずに、耳元でそう囁いた。電撃が走ったような気がする。
「あ……わたし……」
ふらふらとした足取りで、乙女は陳宮から離れる。武器を構え直した彼女の瞳は、再び殺戮への興味で燃えていた。
「その調子で、あの砦も制圧、制圧して下さりますな? 後で、ご褒美をたっぷりと差し上げましょう」
人を殺せば、陳宮から生きる意味が与えられるのだ。乙女の脳内は、敵を殲滅することと、陳宮からの褒美を期待する甘美な気持ちで占められた。
「……頑張るね」
乙女は笑っていた。体の震えはもう止まっている。倒れた死体を踏みつけて、彼女は再び歩みを進めた。陳宮はそれを満足そうに見送った。まるで操り人形だった。
「陳宮殿。何故あの者はああまでして戦っているのだ」
張遼が、そう陳宮に尋ねたことがあった。乙女の戦い方は、異常だった。平時は聡明で、大人しい人間である彼女が、戦場では人が変わったように駆けているのが、不思議だったのだ。陳宮の指示でしか動かないようだったし、彼女は陳宮のことを恐れているようにも、盲信しているようにも見えた。陳宮が彼女のことをどう思っているのかも、傍から見れば大切に思っているのか都合の良いように扱っているだけなのか、分からなかった。
「躾がいがありましたぞ、あの娘は」
だが陳宮はこういうだけで、ろくな返事をしなかった。彼が本当に乙女のことを大事に扱っているのか、それとも使い捨ての駒かと思っているのかは分からないままだった。
ただ、乙女はまるで愛に飢えているかのように、陳宮に対して常に縋っていた。捨てられるのを恐れているように。
だが彼も、そうした態度を向けられることは満更ではないように張遼には思えた。単に彼女のことを道具扱いしているようには思えなかったのだ。何とも奇妙な関係だと感じる。本当に彼女のことを大事にしているのならば、戦場の前線に立たせるのも辞めれば良いはずだ。乙女の殺人衝動は、陳宮が居なければ発揮されないのだから。
だが張遼は、黙って見ていることしか出来なかった。常人には理解出来ない行動を取っている二人だったが、戦場以外ではそうではなかったからだ。
彼が偶然見かけた二人きりの場では、両者とも穏やかに過ごしていた。それに、乙女は今まで見たことがないほど幸せそうに笑みを浮かべていたのだ。二人は好い仲なのかもしれなかったのだ。
本当の所は知る由もなかった。陳宮が彼女の思考から全てを支配している可能性も、否定は出来ない。だがあのような光景を見てしまうと、陳宮を咎める気が削がれてしまう。張遼はそう思ってしまうのだった。
(20240416)