劉備とハロウィン
彼女がくたくたになりながら仕事から帰り、今日も二人分の料理を作らなければいけないとため息を吐いた矢先のことだった。もう夜はすっかり更け、もう何もかもが億劫である。約二千年前の英雄、劉備が彼女の家に転がり込んでから生活は一変した。

「劉備殿。すみません、遅くなって」

 現代の理が通じぬ彼を相手にするのは大変である。せめてもの試みとして、彼女は劉備のことを“劉備殿”と呼ぶ。きっと、この方が彼にとって馴染み深いと思われるからだ。彼女は自分に課せられた天命を否定するのは忍びないと思いながらも、こうして少ない給料でやりくりするのは流石に限界だった。ただでさえ、一人暮らしだけでも大変であるというのに。最低限現代で生きる術として必要なことは叩き込んだのだが、一人で居る時に勝手なことをされては困る。そういった重いから未だに彼女は彼女自らの手で、劉備を庇護している。だから彼女は余計に忙しないのである。彼女の多忙の原因は本人にあるといっても過言ではなかった。それ程までに、自分で何もかもを背負っているのだった。

「劉備殿?」

 劉備の姿が見当たらない。それに部屋の電気も消された状態だった。もしかして、もう寝てしまったのではないかと怪訝に思う。それにしてはまだ早い時刻とも取れるが、それは彼女の主観でしかない。そう思った時だった。

「トリック・オア・トリート……だったか」

「ひいっ!?」

 劉備の声が聞こえた途端に、クラッカーの激しい音が響く。驚いて彼女は素っ頓狂な声を上げた。

「驚かせてすまない……この日を、心待ちにしていたのだ」

 電気が点き、劉備は照れたように笑った。手には放たれたクラッカー、そして劉備の居る向こう側に置かれていたのは、綺麗にラップが掛けられた、料理の載った皿だった。横を向けば、洗濯物がこれもまた整った形で干されていた。

「え、劉備殿……?」

 思わず彼女は持っていた鞄を床に落とし、呆然とした。私、こんな事、劉備殿に教えたっけ。困惑の気持ちが彼女を支配した。しかし、同時に嬉しくもある。

「私にこのようなことは不慣れかもしれぬ。だが、そなたにひとまずの恩を返したいのだ。“はろうぃん”にかこつけて、な」

 はにかんで劉備は笑う。その姿があまりに眩しくて、ああ、これが君主様たる貫禄なんだと彼女は感銘を受けた。それと同時に、自分が泣いているということにも気づく。

「劉備殿……私、嬉しい。料理まで作ってくれるなんて、洗濯もしてくれて」

 突然泣き出した彼女にぎょっとしたのか、劉備は急いで駆け寄った。二人とも床に座り込む。

「いつも難儀をかけた。その気持ちはとても有難い。だが、私とて何も出来ないわけではない。見よう見真似だが、そなたのやっていることを見たり、この間教えてもらった……そう、いんたーねっととやらも、使えるようになった。料理についても、私は流浪していた時期が長かったから、最低限のことは出来るつもりなのだ」

 劉備の言葉に、彼女ははっとさせられた。そう、劉備のことを甘く見すぎてしまっていたのだ。彼は童子ではないのだから。

「私こそ、謝るべきです……劉備殿にも、出来ることは沢山あるはずなのに、全部自分でやってしまって……」

 彼女が話している間も劉備は優しかった。箍が外れたように言葉を紡ぎ、涙を流す彼女に心から寄り添う姿は、現代にあっても建在だった。

「もう大丈夫だ、私はいつ帰れるかということがわからぬ身、そなたと共にある以上、協力すべきは当然だろう。さあ、夕餉の時間にしよう。冷めてしまう前に……」

 かくして、彼女は劉備の料理の腕前を身を持って知ることになった。どうやら彼は長年の流浪の中で得たのか、彼は食べられる草花を大量に収穫していたようで、天ぷらやおひたしが並んでいた。それはもちろんのこと、ハロウィンらしいカボチャ料理も美味だった。

「すごい、こんなに美味しいなんて」

「喜んでもらえて何よりだ。そなたに少しでも報いることが出来るなら、私はなんでもしてみたいのだ」

 彼女の劉備の奇妙な運命、数奇な共同生活は、いつ終わりを告げるか分からない。けれどもこの出来事は、きっと忘れることは出来ないだろう。彼女は職場で同僚から貰ったお菓子の存在を思い出しながら、そう考えていた。

「劉備殿、後で一緒に、お菓子を食べましょう。色々貰っちゃいましたので」

 ハロウィンの夜は、まだまだ終わりを知らなかった。

(20201030)
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