張遼とハロウィン
「これ、典韋殿に作ってもらったんですよ」
乙女が小躍りしながら抱えている籠にあったのは、顔の模様が彫られたカボチャだった。それも、ひとつでは無い。大きいものだけでなく、小さいものまであった。
「これは、一体……南瓜、のようですが」
張遼には理解し難いものだったが、乙女がこれ程までに喜んでいる姿を見るのは、彼にとって嫌いではなかった。皮を剥いたカボチャは妖しげにこちらを笑っている。典韋がこのカボチャ一つ一つを彫ったというのは、少し張遼にとって意外だった。あの豪傑が、こういった細かい作業を得意とするということは聞いた事がなかったからだ。張遼は仮に自分がこのようなことをすれば、間違いなくカボチャを玉砕してしまうだろうとぼんやり考える。ともかく、このカボチャは何やら乙女にとって意味のあるものなのだろう、ということだけは読み取れるのだった。
「そう。今日はハロウィンなので。ハロウィンが終わったら料理に使うと思います」
ハロウィン。張遼には聞きなれない言葉だった。だがぼんやりと、聞き覚えがある。それは確か……
「ああ……曹操殿が、乙女殿に教えてもらったと言っていたのは、このことですか」
張遼達には想像もつかない遥か未来からやってきたという乙女は、奇抜なものをも動じず受け入れる曹操の琴線に触れたようだった。恐らく曹操はハロウィンという行事を気に入ったのだろう。どうやらあまり張遼には伝わっていないようだが、名前だけは伝わっていることからして、乙女と曹操の与える影響は大きいものである事が伺える。乙女はそんな張遼の様子を見て、嬉しく思った。武を高めること以外には見向きもしなさそうなこの人にも、自分が広めたことが知られているのはまさに僥倖だ。
「張遼殿……知っていたんですね。そうです。ハロウィンの日にこれを作って、悪い霊を追い払います。最も、ただの飾りとして使われることも多いのですが」
にこにこと笑う乙女は籠からカボチャを取り出し、張遼の目の前から始まり、背後までぐるっと次々に並べる。張遼ほどの猛将が可愛らしいカボチャに囲まれるのは、少し滑稽だった。
「こんなにも並べて……私は悪霊とでも言いたげだな」
張遼は極めて冷静にそう言った。だがその口元は普段よりも綻んでいる。あまり表情を変えない張遼の笑っている姿を見たい、乙女の思惑は外れなかったようだ。
「張遼殿。なら、ハロウィンの合言葉を知ってますか」
さすがにこれは知らないだろう。お菓子なんて持ち歩いているわけが無いし、イタズラをしてやろう。そして普段あまり笑わない張遼を存分にからかってやる。そうほくそ笑んでいた乙女に対して、張遼は予想に反することを言うのだった。
「トリック・オア・トリート、ですな」
どうして知ってるの、乙女がそう言うよりも先に、張遼がぐいっと乙女の目の前に迫る。鼻先がくっつきそうなくらいなのに張遼は相も変わらず無表情で、乙女は思わず視線を逸らす。
「お菓子がないのならば、そなたに悪戯せねばなるまい」
お菓子なんて、持ってるわけがない!
観念して、張遼のまるで蛇のような目を、勇気を出して再び見つめる。乙女は自分が赤面していることをひしひしと感じた。顔が熱い。対して張遼は涼やかな表情を保っていることが癪に触った。
「では、覚悟召されよ」
してやったり、と言ったように張遼はにやりと口角を上げた。
こんな形でこの人の笑顔を見ることになるなんて。そう感じた乙女が押し倒されるまで、刹那の隙も与えられなかったのだった。
(20201031)