不器用なふたり
「乙女殿……この徐公明、御身に懸想し申した。次に会った時でよい……答えを、お聞かせ願う」
頭の中でぐるぐると流れるのは、先日共に鍛錬をした後の、徐晃殿の言葉だった。混乱しすぎてあの後私がどう返事したのかはよく覚えていない。ただ、ああ言った徐晃殿の顔が普段の彼ではありえないほど真っ赤で、私も恐らくそうなっていたんだと思う。徐晃殿は勇気を振り絞って告白してくれたのだから、私はその気持ちに答えなければいけない。確かに私も徐晃殿を好ましく思っていた。それが恋愛感情なのかは分からないけれど、一緒に過ごす毎日は楽しいし、戦場で別々の場所で戦っていた時も、尋常じゃないほどの不安に襲われたのだから、私の中で徐晃殿がただの同僚でないことぐらい、嫌でも自覚している。
だからと言って、まだ徐晃殿に返事するという覚悟が決まった訳じゃないんだけど。
「ああ……ダメだ、絶対ダメ」
私が今立っているのは、徐晃殿が居る部屋の入口付近。たまたま私を見かけた司馬懿殿に、徐晃殿宛の竹簡を大量に押し付けられ、今に至る。ちらりと書いているものを覗けば、なにやら重要なことばかりがずらりと並んでいる。どうして司馬懿殿自身が運ばないのだろうとか、どうして私は押し付けられたのだろうとか色々思うけれど、この竹簡は絶対に徐晃殿に渡さなくてはいけないということは分かる。けれど、以前会った時にあのようなことを言われてしまったせいで、なかなか部屋に入る決心が出来ない。自分でも胸が高鳴るのが分かった。すると足音が近づいてきたのが分かった。
「……? これは乙女殿。徐晃殿の部屋の前で、どうなされたのだ?」
「張遼殿……この竹簡を徐晃殿に渡すようにと、司馬懿殿に押し付けられたんですよ……」
この状況はまずい。こんな所で立ち止まり続ければ、張遼殿に不信感を抱かせてしまう。どっと汗が噴き出すのが自分でも分かった。早く部屋に入らなければ。けれども勇気がなかなかでない。これでは張遼殿に知られてしまうではないか。
「ああ……徐晃殿が恋慕を抱く女性というのは、貴公という訳か。緊張するのも無理はないが……健闘を祈るとしよう」
張遼殿は珍しく笑って……正確には、私を少しだけ馬鹿にしたように目を細めて笑った。絶対最初から私が徐晃殿に告白されたことを知っていたような表情だ。健闘を祈るって、なんの励ましにも慰めにもなっていない! 大体私は告白された側だというのに、私が今から徐晃殿に告白するみたいな言い方ではないか。全てが無事に済んだら、張遼殿に鍛錬という名の喧嘩を吹っかけることを私は決意した。そして同時に、徐晃殿の部屋に入る覚悟も決めた。徐晃殿に自分の思いを伝えるだけ。徐晃殿が私にああ言ってくれたことの方が、今の私より余程覚悟や勇気が要る物だろう。ならば私もその思いに答えなければ。
「徐晃殿。失礼致します……あれ?」
徐晃殿の姿はある。が、竹簡を膝に乗せたまま頭を下に向け、体を壁にもたれさせている。
「寝てる……?」
流石にこの状況だと、起こすのは少しはばかられる。音を立てずに抱え込んだ竹簡を机へと持っていく。平服の徐晃殿は、いつ見ても意外な感じだ。武装して頭巾を被っている印象のほうが強い。
「あっ」
自分ではそっと置いたつもりだったのだが、竹簡が机に当たる音が響いてしまった。
「何奴!」
「えっ、ちょっと待って!!」
寝ていたはずの徐晃殿がいきなり起きたと思った途端、私の視界はぐるりと反転した。目の前には、徐晃殿の顔。私は押し倒されている、と気づいた時には徐晃殿も目を見開いていた。距離が、近い。一気に顔が熱くなる。抜け出そうにも、力のある徐晃殿に肩を押さえられているせいで身動きが取れない。
「乙女殿! こ、これは申し訳ござらん!!」
すごい勢いで飛び上がった徐晃殿は、私から手を離して壁際に離れた。遠ざかる時見えた徐晃殿の顔も真っ赤だった。
「じょ、徐晃殿、徐晃殿……そ、その……」
私も恥ずかしくなって慌てて上体を起こし徐晃殿から距離をとった。
心臓の音が周りに漏れているんじゃないかというくらい、うるさい。上手く言葉を紡ぐことが出来なくて、結果的に徐晃殿の名前を呼ぶことになってしまった。それがまたもや照れくさい。
「乙女殿……今の拙者は、御身に、顔向けできぬ……」
徐晃殿は顔を見られたくないのか、震えた声でそう行ってから、そっぽを向いてしまった。大きな背中だけが私に向けられる。一体私はどうすれば……いや、そもそも竹簡を渡す以前に、徐晃殿に私の意見をはっきり伝えなければ。
「あの、徐晃殿……わ、私、以前言ってくれた……貴方の言葉を……お受けします」
きちんと喋れているかも分からなかった。自分では伝えたはずだけれども、徐晃殿に伝わっていなかったらどうしよう、と内心に不安が広がる。
「ほほほ、本当でござるか!?」
徐晃殿はしどろもどろになりながら、顔だけを私のほうに向けた。やはりと言うべきか、その顔は普段では想像できないほど赤くなっていた。
「ほ、本当です! 私、徐晃殿と、一緒になりたいです」
私もなんだか恥ずかしくて、徐晃殿を直視出来なくなってしまった。すると徐晃殿は私と反対方向を向いていた体をもこちらに向けると、徐々に私の方へ近づいてきた。思わず身動ぎしそうになる。けれどここで下がるのは徐晃殿を好きだっと言った私自身が許せなくて、必死に耐えた。
「ならば、先程御身を押し倒してしまった時……もっと、御身と……これ以上先へと進みたいと僅かながらに思ってしまった、拙者の不埒な思いも、受け止めていただきたい」
徐晃殿は再び私に覆いかぶさって来た。背中を抱きとめられたまま、さっきとは違いゆっくりと床に体を倒される。徐晃殿のきりっとした顔が間近にあるのに耐えられなくて、思わず目を逸らした。
それからはもう、恥ずかしさと嬉しさのせいで、何があったのかいまいち覚えていない。ただ徐晃殿にひたすら愛させれているということを自覚した。