正則とあの娘
福島正則という男は、常に騒がしい。そして、奇抜な髪をしている。ときにその性質と風貌は揶揄の対象となるが、本人が気に留めることはない。それどころか、からかいに来る輩に反撃に打って出る。売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、とにかく喧嘩っ早い。
そんな彼が、珍しく静かに、いや落ち込んでいるのだろうか、これは。清正に「だからお前は馬鹿なんだ」といつものように言われた彼は、言い返すまでもなくただ黙り込んでいた。普段の彼ならば、馬鹿じゃないと言い返してきそうなものだが。清正は少し、この昔馴染みを気味が悪く感じた。
「やっぱ俺って、馬鹿だよなぁ……」
清正は、いつものように馬鹿と呼んだことを深く反省したい気持ちになった。
それはもう一人の昔馴染み、三成も同じように思っていたらしい。やはり彼らの中では、「馬鹿」という言葉が当たり前のように飛び交う。清正はともかく三成に馬鹿呼ばわりされるのがどうしても気に入らないというのが常の正則だったから、三成に対しても言葉を素直に受け入れる姿は違和感しかなかった。三成は思わず「え」と小声で発してしまったほどだ。
「俺、どうすりゃ馬鹿じゃなくなるんだ……?」
三成も、なぜだかいつものように馬鹿呼ばわりしたことを後悔してしまった。
「正則のやつ、やけに大人しいではないか。何があったのだ」
何となく、ただの直感でしかないが。三成は本人に直接聞くことができなかった。清正もそう思っていたらしく、二人が顔を見合わせてすぐに話題は急に大人しくなった正則のことで持ち切りとなった。
「それがだな、三成。正則に面と向かって聞いたわけではないんだが、ちょっとこんな噂を聞いた」
「噂?」
清正が話した噂というものは、どうやら正則の髪型が馬鹿にされているというものらしい。おまけに髪型だけでなく、軽いノリで「馬鹿だよねー」とか言われていたらしい。「いつものことではないか」と三成は呆れたが、どうやらその話をした人物が正則の心に深い傷を与えたのだろうと清正は予想していた。
「それがだな。その話をしていたのが乙女らしい」
「乙女といえば、正則が片思いをしている女ではないか。好きな女に馬鹿にされて落ち込むなど、全く女々しいやつだ、あいつは」
乙女のこと、好きかもしれねえ。これって、恋ってやつなのか?
そう正則が飛びついてきた日のことを、三成も清正も良く覚えている。
「まあ、相手が乙女だからこそ傷ついているんだろう。あまり人の悪口をいうようには見えんしな。そういった性格だからこそ、正則は惹かれていたんだろう」
三成は何とも馬鹿馬鹿しい話だと思った。とはいえ、正則がいつまでもあのままであるというのも調子が狂う。清正もおおかね同意のようだ。こうして、二人は乙女に直接話を聞くことに決めた。
「乙女。話したいことがある」
次の日の放課後、掃除当番で居残っていた乙女の前に、二人がやってきた。あまり話したことはない男子生徒二人に囲まれ、乙女は萎縮しそうになる。心なしか、怒っているようだし……と、乙女は自分が今日掃除当番であることを恨んだ。
「な、なに」
箒を持ったまま、乙女は動きを止める。この際であるから、掃除をサボっているなど申告する人間がいないということを乙女は心から願った。
「あのな。正則のことを馬鹿にしていたというのは、本当か」
清正がそう言ったかと思えば、三成もすかさず話し出す。
「正則のやつ、大層落ち込んでいるようだが」
どこからこの話が二人に知られたのだろうか。乙女はとんでもない誤解をされていると思った。正則のことを馬鹿にするような発言をしてしまったこと自体は真実だが、そこだけを切り取られてこうして追いつめられるのは少し違うのだ。
「あのね。……その話。本当なんだけど、続きがあって」
「続きとはなんだ」
「俺は言い訳など聞かんぞ」
乙女が話し終わる前に、横槍が飛んでくる。仲がいいのか悪いのか、どっちなんだろうこの人たち、と乙女は思った。
「たしかに髪型も変わってるし、勉強は得意じゃないよねとは言ってたけど。そういう部分も含めて素敵だなって。私は、好きだなって。そんな話をしてたの」
乙女は馬鹿正直に話すのがこんなにも照れ臭いだなんて、初めて知った。仲のいい友人だからこそこのようなことも平気で話せたわけで、清正や三成に直接話すにはもう実質告白しているようなものだ。清正と三成は顔を見合わせて少しだけ黙っていたが、やがてろくに礼も言わぬまま、二人は立ち去ってしまうのだった。
「なんでこんな目に……」
元々は誤解を招きそうなことを話していた自分が悪いといえば悪いのではあるが、それでもこれは嫌だと思うのだった。
一方の清正と三成とはというと。
「……あれは、両想いか?」
「そのようだな。……暫くは黙っておくのも、面白いものかもしれんな」
その提案はあんまりではないかと清正は思ったが。それも悪くないのかもしれないと思った。友には悪いが、あれだけのことがあってあっさりと二人が結ばれるというのは、それはそれで少し違うような気がした。
(20240708)