楽進とあの娘
何事も、自分が一番乗りでないと気が済まない。というのは語弊があるが、楽進は「一番槍」を信条としている。それは時代が三国鼎立の世から大きく移り変わったこの世の中でも、相変わらずだった。
前世の記憶などというにわかには信じがたいものが楽進の中に呼び覚まされたのは、この学校に通うようになってからだ。同じクラスではなかったが、乙女という女子生徒を一目見たとき、楽進の中には前世の記憶というものが流れるようにして浮かび上がってきた。
乙女は、かつて楽進の妻だった。なんだか懐かしいような、切ないような。そんな気持ちがこみあげて、楽進はある決意をした。それは、一番槍……つまり、真っ先に彼女に対して告白しなければいけないという決意である。
「私と、付き合ってください!」
告白というものは、どうするべきなのか。楽進は分からなかった。乙女とは夫婦の関係だったとはいえ、当時は告白して付き合い、仲を深めて結婚、といった回りくどいやりかたなど取ることはできなかった。少なくとも楽進は円満だったと思っているが、政略結婚だったからだ。楽進は彼女のことを愛していた。それにしてもこれは性急過ぎるような気がしたが、他のやり方はどうしても思いつくことができなかった。
突然の告白に、乙女は戸惑ったことだろう。あまり話したことのない、それも同じクラスですらない男に、面と向かって告白されるなど。彼女は何と言うべきなのかを少し悩んだ後、楽進のその突飛すぎる告白を受け入れた。
まさか、本当に受け入れてくれるとは。楽進は自分で蒔いた種とはいえ、ひどく驚き、喜び……とにかく、表情がころころと変わったものだったが、なんだかんだで二人の関係は続いている。
そんなある日、乙女は妙に深刻そうな顔をして、「話があるの」といった。
話とは一体何なのだろうか。楽進はひやりとした。別れてくれなどと言われてしまったならば、耐えられるようには思えなかった。
「変な話って思われるかもしれないけど。私、前世の記憶ってやつがあるの」
ぴくりと、楽進の肩が跳ねた。
「それでね。楽進くんは……前世で、旦那様だったから。いきなり告白されて、びっくりしたけど。この世界でも巡り合えたんだってことが嬉しくて」
「わ、私も! あなたに出会って一目で、前世のことを思い出したんです。それで、いてもたってもられず、告白を……」
前世の記憶とやらがあるのは、自分だけだと思っていた。だがそれは違った。違ったからこそ、あの告白を受け入れてくれたのだ、彼女は。楽進は、自分の胸が暖かくなるのを感じた。
「……楽進殿」
それは、懐かしい呼び名だった。
「私、楽進殿のこと、大好きだった。でも、私は病気で……だから、ここで楽進殿を始めて見かけたとき、少し怖かった。楽進殿は私よりも、ほかの女の人のほうが大切だったんじゃないかって」
そんなの。あり得ませんよ。楽進は、乙女に初めて出会ったときの、喜びだけではない、どこか寂しい気持ちを思い出した。
「私には、いつまでも、これからも……あなたしかいませんから」
楽進はそう言って、ふっと笑った。乙女もつられて、笑う。あの日過ごせなかった時間を、取り戻せるようだった。
(20240709)