甘寧とあの娘
甘寧は、酷くイライラしていた。彼は所謂「不良」と呼ばれるような人間で、学校ではあまり真面目に授業に参加することもなく、よく学校を抜け出してしまうということもある。
この学校には、甘寧のような生徒がほかにもいる。彼だけが特別悪いのだということでもない。教師もそれを知っているから、クラスにもよるが学級崩壊同然となっている状態も珍しくはない。
だがそんな学校にも、真面目に勉学に励む人間がいないということではないらしいということもまた甘寧は知っている。学科が複数存在するから、クラスや学科で差がはっきりと出ているのだろう。
甘寧が授業を抜け出して校門の外にいると、きっちり制服を着込んだいかにも真面目そうな見た目をした女子が駆け込んで来た。
「甘寧。あんたまたサボってんの」
「うるせえ。お前も遅刻してんだろ」
「あたしは病院行ってたの」
「遅刻には変わりないだろうが」
甘寧はこの女を見ると、無性に腹立たしく感じてしまう。話しかけられたのならばそれは尚更で、彼自身どうすることもできなかった。
その女、乙女が早足で校舎に入っていく姿を、甘寧は複雑な面持ちで見送る。朝からあの女に会うとは運がないと思った。もうこのまま帰ってしまおうか。甘寧はついに学校を離れて歩き出したのだった。
「あれ? 甘寧。こんな所で何してんの」
そのまま直接家に帰るのも億劫で、甘寧はだらだらと歩いたりコンビニに寄ったり、そしてまた歩いたりしていた。普段ならば同じような生徒を引き連れてたむろしていることもあるのだが、今日はそのような気分にはなれなかった。
そこで遭遇してしまったのが、凌統である。嫌いな人間ではないが、腐れ縁という呼び名が似合う。そんな男だ。甘寧は思わず舌打ちした。
「何だよ、凌統。一丁前に真面目ぶって、何が毎日そんなに楽しいんだ?」
「はあ? いきなりそんなこと……なんなんだよそれ。……多分だけど、俺だけに向かって言ってるわけじゃないんだろ、その言葉。今日のあんた、いつもよりも機嫌悪いんじゃない?」
甘寧は図星を突かれたのか、呆気なく黙ってしまった。凌統はため息をつく。甘寧は、凌統が真面目にしていることだけではなく、乙女が真面目にしていることにも腹を立てているのだ。たまたまそこにいたのが凌統だったというだけで、今の甘寧は八つ当たりをしているようなものだった。
「……乙女のことかい?」
「……ああ。そうだよ。あいつの顔を見ると、少しでも話すと、無性にイライラしてくるんだ。何いい子ぶってんだとかそういうのだけじゃなくて……上手く言えねえけど、とにかく嫌な気持ちになるんだ」
甘寧が乙女と話す度にそのような状態になってしまうのだということを、凌統はよく見知っていた。
甘寧は思い出していないようだったが、凌統には前世の記憶というものがある。乙女にそれがあるのかどうかは分からない。だが凌統は、前世における二人の関係というものも知っている。ただそれを言ったところで信じてもらえるのかどうかは分からないし、それで甘寧が納得するのかも定かでない。
だがこうも毎回この調子であれば、そろそろ言ってやってもいいのではないかという気持ちになる。
凌統が前世の記憶とやらを思い出したのは、たまたま道端で呂蒙とすれ違ってからだ。家族以外の人間であってもきっかけになることがあるのだから、甘寧はてっきり凌統と同じように思い出しているのだと初めは思っていた。実際はそうならなかったのだが。
「……あんたは信じるかどうか分かんないけどさ。なんで乙女を見る度にそんなに苛立つのか、教えてあげようか」
「なんでお前がそんなこと分かるってんだ」
無理に前世のことを言わずともよいのではないか。凌統は、呂蒙に言われた言葉を思い出した。ごめん、呂蒙さん。心の中で小さく彼に謝罪してから、怪訝な目を向ける甘寧に向かって話し出した。
「あのな。俺が言うことを冗談だと思って笑うのはナシだ。あんたは前世で、乙女と婚約してた。大昔、争いが耐えなかった頃の話だけど」
「はあ! あいつが、俺と!?」
言わんこっちゃない。大声を出す甘寧に、凌統は呆れた。やっぱり言わなかったほうが良かったのかもしれないと言いたげに肩を竦めた。
「だから、少しは黙って聞けっての。なんでそんな関係だったのにあんたがイライラするのかってのは、多分結婚する前に乙女が戦死したからだ。それも、傷を隠して最期まで戦った。だからああやって真面目にしている彼女を見るのはあんたにとって嫌なものなんじゃない? 無理して戦ってなきゃ、自分と結ばれたのにって。そのときのあんた、ずっと大声出して泣いてたよ」
普段の甘寧なら、笑い飛ばしてそんなの信じられっこないと突っかかってきそうなものだったが。
どうもそんな気にはなれなかった。それはきっと、自分が彼女に抱いていたものの正体がはっきりと分かったからだ。
「……俺、ちゃんとあいつと話さなきゃなんねえな」
「俺もそう思うよ。あの子がどれだけあんたのことを覚えてるのかは分かんないけどね」
甘寧は前世の記憶を取り戻したわけではなかったが、どこか断片的な映像のようなものが脳裏に浮かび上がってきたような気がした。
きっと、彼女に対して。今生だけは、無理をしないでほしいと。それをただ言いたいだけなのだ、自分は。
「……ありがとな。凌統」
甘寧は照れくさそうにして笑った。少しだけ、学校に行くのが楽しみになった。
(20240710)