銀河鉄道の夜のような夜
南中での生活も、なかなか馴染んできた。そう思っているのは乙女自身だけではない。
同じように孟獲や祝融と共に戦う男、魏延もそうであるのだと乙女は思っていた。その魏延も似たようなことを考えている。孟獲や祝融は、魏延を反骨の相などといってその忠誠心を疑ったりはしない。彼のことを不気味に感じる者も今までは多かったとはいえ、南中では彼よりも変わった格好や言動をしている男たちも多かったから、特に気になるようなこともない。
だから、魏延にとってここは居心地が良かった。孟獲は魏延のことを乙女に対しても言ったのように家族だと呼んだ。大切な仲間だと言った。
だから魏延も答えた。「孟獲は家族だ」と。「乙女も家族だ」と。
家族は守らねばならない。孟獲と、そして乙女の為に戦わなければいけないのだ。魏延はそう思った。
そうして今、乙女と魏延は戦場に居る。南中に対して招集がかかり、二人は戦場へと向かった。
相手は勿論、妖魔である。
援軍としてやってきたとはいえ、敵兵も尽きることはない。
「ヌウ……」
魏延は唸る。既に彼の持つ長柄双刀は血に濡れている。大きな傷は負っていないが、この状況では果たしてどうなるのだろうか。仮面の奥に光る瞳は鋭く前に向けられていた。
「魏延。私のことはいいから、気にせずに戦って」
私は弓が得意だから、魏延と違って後方にいるほうが戦えるの。乙女はそうは言っているものの、彼女もかなり消耗しているようだった。矢には限りがある。今のうちに、こんな前線からは撤退するほうが良いのではないか。
「オ前……危険……戻ル……カ……?」
「いいや。まだ戦える。いざっていう時は、この剣を……使って、生き延びるから」
乙女が剣を使っている姿を、魏延は一度も見たことがない。彼女はそうは言ったが、やはり安心は出来なかった。
乙女も、強がりで言っているのだということを自覚している。剣を使ったことはただの一度もない。だがもうこの戦いにおいては腹を括るしかないと思う。
魏延が再び唸った。敵兵に向けてだけではなく、乙女に対してだ。
「囚われのお味方が砦の中に居る模様です!」
その時だった。伝令が大声を出して乙女と魏延たちの前に現れたのだ。
「援軍……余裕、ナイ……!」
「いや、私が行く」
魏延は驚いた。味方は、家族のようなものだ。家族は裏切るわけにはいかない。魏延もそうは思っているが、とてもこの情勢下では援軍を送る余裕などない。
乙女もそうであるはずだ。だが彼女の意思は固い。
「少数の兵を連れて撹乱する。それだけでも敵には効果があるはずだから。……魏延は気にしないで、無事に帰ってくるから。……もう一度、南中の地で会おう」
乙女は瞬く間に兵をまとめ、魏延の傍から離れていく。馬の嘶く声が、やけに魏延の耳をつんざく。不快に感じた。
「乙女……オ前……生キロ……!」
魏延は低く掠れた声で叫んだ。その声が乙女に聞こえたのか確認する手段はなかった。
ただ魏延に残されたのは、戦うということ。ただ一つだけだった。
結果として、この戦いは辛勝だった。紛れもなく泥仕合だった。客将のようなものとして馳せ参じていた魏延は、引き付けた兵と共に南中の地に帰ろうとしていた。とはいえ、まだ妖魔が追ってこなくなったということでもないから、まだ気を張る必要がある。
だが、その中に乙女の姿はない。魏延は訝しく思った。訝しく思うだけなのは、最悪の事態を信じるなど出来なかったからだ。
だがその油断というものを、紛れ込んだ敵は見逃さないものだ。
「覚悟……!」
妖魔が魏延に斬り掛かろうとする。武器を構え直す暇すらない。魏延は激しく動揺した。
だが、高く振り上げられた刃はあらぬ方向へと下ろされることとなる……妖魔の体と共に。
「……乙女……!」
乙女の放った矢が妖魔の体を貫いていたのだ。乙女は魏延が無事であることに安心したのか、優しく微笑んだ。
「無事……ダッタカ」
だが乙女は何も答えなかった。
兵の波に流されたのか、乙女の姿はすぐに見えなくなってしまった。嫌な予感が魏延を襲う。だが彼にはどうすることも出来なかった。だが、一刻も早く帰りたいと思った。
「魏延、無事だったかい!」
「魏延だけでも生きて帰ってきて、ワシは嬉しいぞ!」
南中に戻った魏延を見て、祝融と孟獲は一目散に駆け寄ってその無事を祝った。
二人とも涙ぐんで魏延の帰還を喜んでいる。あまりにその様子が普段の彼らにしては焦燥に満ちているようで、魏延を覆う嫌な予感というものはさらに大きくなる。
「乙女ハ……」
重い口を開いた。魏延にも、勘づいていた。嫌でも気づいてしまうものだった。
「……無理に言わなくてもいい。乙女は……立派だっただろうさ」
祝融は静かにそう言った。
乙女の戦死の報は、既に彼女たちにもたらされていたらしい。
魏延もまた、泣いた。その慟哭は、誰にも止められないほどに大きく、地面を震わすようだった。
あの時魏延を助けた乙女は、既に亡霊となってしまっていたのだろうか。結局、剣を使うことはなかったのだろうか。
彼は叫びにも似た泣き声を上げながら、自分を助けた乙女を想った。
魏延の心の奥深くにある孤独を埋めたものとして、乙女の存在は彼の心を占めている。
彼女も、孤独だったのだろうか。だから、助けに来てくれたのだろうか。魏延はただただ泣いた。その涙がいつ枯れるのか。それは彼自身にも分からなかった。
(20240518)