◆チョコの行き先

今日はバレンタインデー。
でも、今日は最低で最悪な日だった。

私には好きな人がいた。そいつとはよく話していて、仲良しだった。話の最中に、今年のバレンタインの話になって、お前の本命チョコくれよ。と言われた。私はそいつが好きだったから、間に受けて、苦手な料理に何度も挑戦して美味しいチョコを頑張って作った。なけなしのお金を叩いて可愛いラッピングまで買って来て、自分でも納得がいく形に仕上げた。後は、約束通りにチョコを渡すだけだった。
…なのに、見てしまった。中庭でどうどうと別の女子から告白を受け、その想いに嬉しそうに応えたそいつを。すごく驚いたしショックだった。私は仲睦まじそうに手を繋いで歩いていく2人の後ろ姿を呆然と見送っていた。残った私は虚しくて仕方なく、次の講義を休むことにした。

誰も使っていない兵舎の階段に座ってぼんやりしていた。そこは埃っぽくて日当たりも悪くて酷い場所だけど、今の私は何ら抵抗なくその場所に居座れた。そして、失恋の悲しみや怒りに涙を浮かべたり、悔しさから涙を引っ込ませたり、疲れてぼーっとしてみたり、自分でも訳のわからない気持ちのまま、ただただ一人で意味もなく天井を見上げていた。すると、聞きなれない声が、上から降ってきた。

「…こんなところで、何してるの?」

驚きながら顔を上げると、同期のベル…ベル…、なんか、ライナーといつも一緒にいるやつが困った顔で立っていた。

「あんたこそ、ここで何してるの?今は講義の時間じゃないの。」
「君も講義に出ていないじゃないか。」
「……私は、サボり。」
「サボり?」
「サボってんの。教官にチクる?どうでも良いけど。」
「…チクらないよ。僕だって、こうして講義を抜け出してきたんだから、同罪になる。」
「…で、あんたは何でここにいるの?」
「その、…君を追ってきたんだ。」
「なんで。」
「…ごめん。」

わけがわからないので質問するけど、彼はなぜか気まずそうに謝って目をそらす。彼はデカイはずなのに、なんだか縮こまって見えた。…まぁ、もういいや。何でもよくなって、顔を前に戻すと、またボンヤリした。少し姿勢を崩すと、ポケットの中のチョコが腹部にあたる。そしたら、いきなりさっきの光景が鮮明に思い出されて、フツフツと怒りが湧いてきた。

「あーもうっ!」
「ごめん…。」
「あんたに怒ったんじゃない!」
「…うん。」

どこか怯えた声が上から降りてくる。私は、はぁ、とため息を吐いて顔を上げる。彼は階段の手すりに手をついたまま、私のことを緊張した顔で見下ろしている。

「何?ずっとそこにいる気なの?降りてこないの?」
「降りてもいいの?」
「好きにしなよ。」
「ありがとう。」

彼はどこか警戒気味に階段を降りてきて、遠慮がちに私の隣に座った。長い足を折りたたんで、体育座りをしている彼と話したことなんてない。彼は初対面同様の私を気にかけながら、顔を傾けて下から覗き込むように私に視線を送っている。

「さっき、バカを思い出して怒ったの。」
「ばか?」
「そー。…ほんと、ありえん。あのアホ男。」
「…何かあったの、」
「ちょっと聞いてよ!」
「き、きくよっ…。」

彼の声に重ねるように勢いで声をかけると、彼は即答しながら足を抱える手に力を込めた。そんな彼のことは御構い無しで、私はあいつとのことを早口で喋り倒した。彼が好きだったこと、彼が本命チョコをくれと言ったこと、一生懸命にチョコを作ったこと、さっきそいつが他の女と結ばれたこと、散々な思いで怖い教官の講義をサボっていること、…すべてまくし立てたように喋ったけど、彼は嫌な顔1つせずにしっかり聞いてくれた。

「…そうなんだ。やっぱりアイツはあの子を選んだんだね。」
「やっぱり?なにやっぱりって?」

私はカチンときて衝動的に彼の襟首をつかんで締め上げる。(確かこいつは優秀で今のところ104期生の中の上位三位の男だったけど、私は今そんなやつを簡単に締め上げている。)

「ぐわっ!?」
「何?知ってたの?どういうこと?あいつとあの子は前から仲よかったの?」
「あ!あいつは!前からあの子に話しかけてて、その子も嬉しそうに、答えているところを、何回か、目にしていたんだ…っ。」

首が苦しいのか切れ切れに話した彼の言葉を聞いて、脱力した。

「なにそれ、そんなクズだったわけ?チャラ男だったのね?なにそれ、ほんと無理、うわ、サイテー、しね、不幸になれ。」
「…その、僕がいうのも何だけど、あいつなんて選ばないで正解だったよ。」
「…そうね、ほんとね!そうだわ、ほんとに!…はぁーあ、なーんだ、もー、ばっからしいなぁっ、私って。こんなもん本気で作って、バカみたい。」
「…。」

ため息をついてポケットの中のチョコを取り出す。思いを込めたのに、完全に無駄になった。私は辺りを見渡してから、使われていないゴミ箱を見つける。立ち上がって、チョコをゴミ箱に捨てようと思ったけど、彼が立ち上がって止めた。

「せっかく作ったのに捨てるの?勿体無いよ!」
「だっていらないし。嫌な思い出だし。いいよこんなもん捨てて。」
「待って!僕がもらうよ!」

思い切り捨てようと手を振り上げた時、パシッと手首を握られた。そして、彼のセリフに驚いた私は彼を見上げる。

「は?何言ってんの?」
「君からのチョコは、僕が貰いたいんだ。…というか、その、…じ、順番がぐちゃぐちゃになってるけど、僕もチョコを作ってみたんだ。…君に、食べてもらいたくて。」

顔を赤らめながら、彼はポケットからチョコを取り出した。私の何倍も繊細で丁寧でオシャレなラッピングが施された袋とチョコが出てきた。彼はそれを私に両手で差し出す。私はチョコと彼を交互に見て、混乱する。

「その、つまり、僕は君が好きなんだ。君があいつのことを好きだということはわかっていたけど、どうしても伝えたくて…、よかったら、貰ってほしいんだ。あと、そのチョコがもらえるなら、僕が代わりに貰いたい。」
「…、そ、そうなの?…私に?くれるの?」
「うん。どうか受け取ってほしい。ずっと君を見てきたし、ずっと君を好きだった。」

彼は顔を真っ赤にしていた。耳も鼻も目元も全部赤くて、でも、その瞳はすごく力が入っていた。真剣そのものだった。私が差し出されたチョコを受け取ると、彼は少し緩んで目が光る。そして、私は、捨てかけたチョコをその両手に乗せた。

「僕が食べてもいい?」
「…うん。そんなのでもよければ。」
「ありがとう!すごく、…うれしい…っ。」
「っ。」

純粋な笑顔と輝いた目でこちらを見つめる彼を可愛いと思ってしまった。

「…講義が終わるまで、ここにいるけど、一緒にいる?」
「うん。」
「…何話す?」
「何でもいいよ。」
「…。」
「…あ、出来たら、その、もしよければ、僕と、つつ、つ付き合うことも、考えてもらえたらうれしいんだ。ダメかな?」
「…考えとく。」
「ありがとう。すごく、うれしい。」
「…っ。」

にっこりした大きな彼はすごく可愛かった。

end
おまけ

バレンタインから3日後、格闘訓練中にグラウンドであのアホ男が私に話しかけてきた。

「おーい、なんで俺にチョコくれなかったの?寂しいなぁ。」
「は?あんた他の子からもらってたでしょ?」
「え、…あー、まぁ、でも、別に付き合ったわけじゃないし!今はもう友達っていうか、仲間っていうかだし!な!」

軽い軽すぎるそいつの本性にユラリと殺意が出てくる。それは私だけじゃなかった。近くにいたベルトルト(名前覚えた)は、キュッと口を結んでそいつを強い目で見てから私にも目を向けた。

「あ、ていうか、嫉妬してくれての?うれしいなぁ!やっぱ俺のこと好きなん、」
「死ねこのクソ男!!」

咄嗟だった。怒りが頂点に登った私は自分でも見事としか言えない回し蹴りが奴の顔面にキマる。やつは宙に舞って数メートル先ぶっ飛んだ後、地面に擦りむきながら更に数メートル引きずられるように体が飛んだ。
周りはみんな訓練中だし、なんらこの行為に問題はない。指摘されても、言葉のセクハラ受けたと言えば私の勝ちだ。心のコングが鳴って完全に私が勝った。あの日の苛立ちをやっと本来の敵に向けて解き放てだことにこの上ない爽快感さえ感じている。

「すごく、跳んだね。」
「いい飛距離が出たわ。あースッキリしたー!」
「…よかったね。」
「ふん、あんなのになびくわけ無いよ!」

ベルトルトは死体のように動かない彼から目をそらして、私をちらりと見る。最近、彼が私に期待の視線を向けてくるのには気づいていた。彼からのチョコは最高においしかった。その日から彼と一緒に過ごすことも増えた。彼は顔もいいし、優しいし、いいやつだと思う。名前はちょっと覚えにくいけど…他は目立った変な点はない。だから、

「まぁ、私はもう恋人いるしね。」
「え?」
「…違うの?」
「っ!!?ぼ、ぼぼぼくが、いいの!?君と!?本当に!?」
「付きあって、ベルトルト。」

手を握るとベルトルトは真っ赤になってふらつき、感動したかのように口元を手で覆うと膝をついて倒れた。

「オイ、お前の近くはなんでそんな負傷者がいる?一対一の訓練だぞ。しっかりしろ。」
「すみません、教官。では、背の高い方を看病してきます。」
「どうみても向こうの男の方が重症なんだが。」
「あれは自業自得です。では、…いこう、ベルトルト。」
「う、うんっ。」

サボろうか。とウインクをすると、ベルトルトの耳はまた赤らんだ。

end

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