◆君を捉える言葉の罠

調査兵団は資金難。
お金がないということで、団長は今夜金持ちの娘に媚を売りにいった。あの人ならうまく相手を惑わして、目当てのものを手にして帰ってくるんだろうけど、なんだか不快な気分になってしまう。好きでもない相手と触れ合うことに抵抗はないのかなぁ?兵団のためなら仕事と割り切ってポーカーフェイスで時間を過ごしているのかなぁ?…なんて、そんなことを考えながら私は適度に残業をサボっていた。…いや、サボっていたというか、団長が気になって仕事に集中出来ないだけだった。それに、遅い時間なので眠気も感じている。

(んー、ねむい。)

団長の補佐は楽ではない。新しい仕事が来るわ来るわで終わりが全く見えない。それに、団長に聞かなければわからない部分もある。目の前に広がるこの仕事はいつ終わるんだろう?ここまで来たら逆に無気力になってしまう。団長もきっと今夜はこの部屋に戻ってこない。…少し寝てしまおうか。寝たら少しはやる気が戻るかもしれない。
私は半ば色々なことに嫌になって、ソファーに横たわって寝ることにした。

*******

それから、どれくらい時間が経ったかわからない。ふと、横たわっている頭の方で人の気配がして目を覚ます。顔を動かしてみると、頭の方で団長が本を読んでいた。起きた私に視線を向けて、口角をあげる。

「起きたのか。」
「え、なんでここに?」
「明かりが見えたから、まさかと思って来て見たら君がいた。もう休めと言いに来たが、しっかり休んでいたから少し笑ってしまったよ。」
「すみません、…あの、お疲れ様です。」
「ああ。」

ねむい目をこすりながら起き上がると、隣の彼から香水の匂いがした。甘ったるい。きっと貴族か商人の娘といたんだろうな。そう思うとひどくがっかりした。そんな自分を悟られたくなくて、何気なく時計に目を向けると1時だった。
こんな遅くまで、団長は女の人の相手をしていたのかと思うとなんだか距離を置きたくなった。それは、彼と知らない女性の関わりを想像したからと、彼を男だと意識したからだった。

「資金難を早くなんとかしなければな。」
「そうですね。」
「媚をうるのも疲れたよ。」
「団長でも疲れるんですね。」
「それはそうだ。気の無い女をもてはやすなんて、参るよ。」

久しぶりに団長の本音が聞けた気がして少し笑った。彼は本を自分の膝の上に置くと、ため息をついて私の方へ体を傾けた。びっくりしたけど、彼は御構い無しに私の頭に顎を乗せて一息つく。

「すまない。本当に疲れたようだ。歳のせいだろうか。」
「どうぞ、と言いたいんですが、この身長差からちょっと、バランスが悪いと思います…。」
「そうだな。君は人より小さいからな。」
「…団長が大きいんですよ。」
「それもある。」

彼が話すたびに、私の頭が揺れる。すごく密着して緊張して来た。彼がこんなに近くにいるなんて、初めてだし。固まって動かないでいると、彼は今度は体を離す。

「もっとソファーの端に行ってくれないか?」
「あ、はい。」

ソファーの端に行くと、団長は靴を脱いで私の膝の上に頭を乗せた。狭いソファーに身を縮めて足を外に投げ出している姿はあまり快適そうには見えないけれど、ふぅーと息を吐いて私の膝に頭を沈める。彼からは香水以外にもお酒の匂いがした。

「酔ってます?」
「かもしれない。だが、さっきよりは醒めてきている。」
「…。」
「君に膝枕をしてもらうのは初めてだな。」
「当然です!そんな、そんな関係じゃないんですしっ。」
「はは。いつか礼をしよう。私の膝枕なんて気持ちはよくないだろうから、腕枕をしてあげるよ。」
「…いや、いいです!って、酔ってますよね?絶対!普段の団長はそんなこと言わないですもん!」
「そうか?」

彼はこちらに顔を向けてからかうように笑うと、目を閉じてぐしゃりと自分の前髪を掴んで前髪を乱した。そして、薄く瞳を開いて私を見つめる。口角が上がっていて、余裕が滲み出た挑発的な表情だった。…すごく妖艶な大人。彼は、この顔で娘を誘ったのかもしれない。私なら絶対堕ちる。彼から目が離せない。今夜彼が相手をした女性に妬けたし、羨ましくてたまらなかった。

「どうした?見惚れているのか?」

悔しい。みんな見透かされている。
普段の団長は絶対こんなこといわないのに。淡々と要件を言って背を向けるくせに、こうやって私を煽ってくるなんて、惹かれないはずがない。でも、今の彼は酔っているから、こんな扇情的な展開になっているだけ。朝が来たら終わり。後悔しないためにも、グッと本音を我慢すると、彼の指先が私の唇に触れた。

「物言いたげな唇だ。何を言いたいか言え。」
「言いません。」
「団長命令だ。」
「む、ひどい!それに、今は勤務外です!」
「ほお。口答えして命令に背くのか?」

彼は意地悪く口角を上げて片眉を釣り上げると、大きな手を私の頭の後ろに回して私の頭を下へ押しやる。強い力で前のめりになった私は、団長の顔の前に顔が下りた。

「だだ団長っ!?酔いすぎ!」
「酔ってなどいないよ。」
「へ?」
「君が良かった。」
「え?」
「あんな女よりも、君が良かった。だから、口直しをさせてくれないか?」

固まっていると、隙を突くようなキスをされる。初めての団長とのキスに喜びと驚きを感じたけれど、同時に悲しい気持ちにもなった。彼は他の女性とキスやこれ以上もしたと思ったからだ。

「…、団長は、どこまでしたんですか?」
「聞きたいか?」
「はい。」
「そうだな。教えたら、何をしてくれる?」
「…何って。」
「君をくれるか?」
「…っ。」

彼はあまりに妖艶だった。いつも前だけを見て私の視線なんて微塵をも気づいていないような人なのに、今夜は積極的で大人ですごく心の距離が近かった。ずっと近づきたいと思っていた彼から逃げたくはない。逃げたくはなかった。

end

ーーーおまけーーー

俺は今夜は誰とも寝てなどいない。キスだってしていない。俺は娼夫ではないからだ。ただ、話術で相手を乗らせ、エスコートをしただけのこと。その間でさえ、団長室にいる君のことを考えていた。そして、こんな女性よりも君といたいと思った。香水なんかより、君の優しい香りが身に染み込めばいいと思った。
女性と別れた後兵舎に戻ると、明かりのついた団長室が見えた。まさかと思って部屋に向かえば、君は寝ていた。てっきり残業を真面目にこなしていると思ったから、少し呆れてしまった。だが、その寝顔と香りに安心する。

やっぱり君がいい。

そうはっきり自覚してしまったら最後だ。俺は君が起きるまで座って待っていた。この寝顔が今夜欲しいと強く感じた。

*******
「今夜は最高の日になったな。君を抱けたんだから。」

すうすうと隣で眠りにつく君はまんまと俺に騙されたというわけだ。君は俺があの女と寝たと思っている。勘違いした君は素直に嫉妬をしてくれたものだから、君を騙したまま夜を過ごした。

「本当のことを言ったら、君は怒るだろうね。」

でも、可哀想だ。朝になったらちゃんと種明かしをしてやろうか。俺は俺の腕枕で眠る君に笑いかけて、再び目を閉じた。

end

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