◆赤の計らい

【赤の計らい】

「おい、飲みにいかねぇか?」

初めてリヴァイ兵長に誘われて、心の中で歓声をあげた。兵長に憧れている私は二つ返事でついていく。兵長と並んで歩くだけでも緊張するし嬉しいのに、これから街に出てサシ飲みだなんて!とはやる気もちをなんとか抑えて平静を装う。

「なんだ。そんなに嬉しいのか?」
「え。」
「お前はわかりやすい。ニヤついた顔をしながら横を歩かれるとハンジの野郎を思い出す。」
「す、すみませ、」
「だが、悪くない。まぁ、たまには褒美でもくれてやる。好きなだけ飲め。奢ってやる。その代わり、最後までちゃんと付き合えよ。」
「もちろんです!任せてください!私、こう見えてもお酒強いので!」
「ほお。あんまりそうは見えねぇけどな。」

ふっ、と小さく笑われた。いつも鼻で笑うような笑いではない気がして、兵長の顔を2度見してしまったが彼の顔はいつもの通りだった。

*******
「好きなもんを頼め。」
「は、はいっ。」

2人で入った店は昔からありそうな、どこか古そうなしゃれた酒場だった。その店の隅の2人席で兵長と向き合ってこれからお酒だ。ワクワクしながらメニューを開く。
兵長は椅子の背に腕を乗せて足を組んでいた。注文するものはもう決まっているようで、常連なんだなと思った。
悩みつつお酒とおつまみが決まると、兵長は私越しに女性のウエイトレスを目で呼んだ。その人が近くに来るとふわりと甘い香りがする。いい匂いだと思いながらウエイトレスを見ると、すごく綺麗な人だった。華やかな笑顔に、サラサラな金髪を編んでまとめたおしゃれな髪型。くびれの目立つ赤い服を着ている。…すごい、映える。目立つ。メイクもしっかりしていて、女性らしい。

「リヴァイ、今日も来てくれたの。嬉しいわ。今日は?」
「いつものだ。それと、これとこれだ。」
「すぐ持って来るわ。」

声からしっかりした女性という印象だし、抑揚のつけ方がどこかセクシーだった。彼女はリヴァイと私に微笑んで調理場へ向かう。…すごい、美人だ。よく見れば、周りの男たちも彼女を目で追っている。そりゃそうだ、と妙に納得する。
兵長に顔を戻すと、彼女が消えた先を見つめていた。…あ、あれもしかして…。ざわりと胸が騒ぐけれど、気を取り直して兵長に話しかける。

「よ、よくここに来るんですか?」
「ああ。エルヴィンの野郎たちとな。料理も早いし、味も悪くねぇ。」
「そうなんですね。」

エルヴィン団長たちもきっとあの女の人を気になっちゃうんだろうな。男の注目の的になる人って実際いるんだなぁと妬みや尊敬の混じった複雑な思いを抱いた。すると、またふわりと甘い香りが鼻をつく。

「ほら、来たぞ。はえぇだろ。」
「お待たせ。」

コトリと白い腕が伸びて大きな皿を真ん中におく。爪は真っ赤なネールで彩られていた。…色のつけ方も完璧で爪も整っている。絶対モテる。

「それと、これ、サービス。」
「悪いな。」
「楽しんでね?」

リヴァイにウインクした彼女は他の席に呼ばれた。私には彼女が兵長を誘っているようにしか見えなくて、ショックを受けた。シュンとしながらサービスのくるみパンの入ったカゴを見つめる。

「何しけたツラをしている。このパンは苦手だったか?」
「はっ、…す、すみません!いえ!」
「そうか。まぁ、酒が来たんだ。乾杯といこうか。」
「はい!…えっと、かんぱーいっ。」

ハッと我に返って慌ててグラスを合わせる。ウイスキーの水割りとカシスオレンジがカチリと音を立てて離れた。気をしっかりもたないと、せっかくのサシ飲みなんだから!と気持ちを切り替えて目の前の兵長を見る。
ウイスキーと兵長って合うんだなぁと思った。冷めた顔をして熱いものを飲むところがまた兵長らしくて、見とれていた。

「何だ?固まって。おかしな野郎だな。」
「あ、いえ!…パン、いただきます。」

誤魔化すようにパンを頬張れば、兵長はどこか呆れた顔をした。ああ、彼女とは雲泥の差なんだろうな、と1人で傷つく。それを打ち消すように、またグラスを傾ける。…というか、そもそもなんで私がここに呼ばれたんだろ?エルヴィン団長があいていないから呼ぶ相手がいなかったのかな?それにしても、少しひどいと思った。何というか、今まで知らなかったものを見せつけられた思いというか…。

「どうだ、味は?」
「…っ、おいしいです。香ばしくて焼きたてなのかな?あったかいんですよ。兵長もどうぞ?」
「1つもらおうか。残しとけ。…パンばっか食ってないで、ちゃんと酒も飲めよ。」
「あ、はい。」

モグモグしながらカシスを飲んでいく。ああ、ちょっとペース早すぎたかな。なんか、回りが早いかも。
ふぅ、とひと呼吸置いて兵長を見ると兵長の目は私を越して違うところを見ていた。気になって少し振り向くと、彼女が柱に寄りかかって、兵長と目があっていた。私が兵長の方へ振り返ると、兵長の目はそっと彼女からそれている。…流石に胸に突き刺さるものがある。
な…何なの…もう。人の恋路の真ん中に座らされてとても居心地が悪い!しかも、普通に傷つく…。はぁ。

「兵長、今日は何で私をここに?」
「あ?…そうだな。まぁ、お前と飲んでみたかったことが理由だな。」
「そう、ですか。」
「なんだ。お前は俺と飲むのは嫌だったのか?いや、そうじゃねぇよな。来るときはあれだけニヤついた顔をしてついて来たんだからな。もし、口にあわねぇのなら他の店に行くが、どうする?」
「そうじゃないんです!」
「オイ、何をそんなに怒ってんだ。」

むぅ、としてモヤモヤして唸る。少し酔ったこともあってか、思い切って聞いてみた。兵長、と呼んで、少し身を乗り出すと、兵長も合わせるように少しだけ身を寄せた。2人の距離が近くなる。

「ウエイトレスさんのこと、好きなんですか。」
「あァ?何とぼけたこと言ってやがる。」
「だって、すんごい彼女のこと見てるじゃないですか!私なんて彼女ほど綺麗じゃないのはわかってますけど、傷つきますよ!透明人間じゃないんだから、私も見てくださいよー!」
「お前、もう酔ってんのか?」
「酔ってません!いや、酔ってますけど!」
「どっちなんだ。…フンッ、相変わらず、おもしれぇやつだな。オイ、グラスが空じゃねぇか?次は何を飲む。」
「つぎ?いや、…つぎは、まだ、」
「飲む前に言ったよな?自分は強いと。だから、何杯でも飲ませてくださいと。」
「(あれ、そうだっけ…?)ぁあ、えーと…、はい。」
「(コイツ完全に酔ってやがる。)なら、次はこいつでも頼むか。」
「ってー!話逸らさないでくださいよぅ!私は透明人間じゃないんだからぁ!私を!見て!兵長!」
「るせーな。分かった。いやってくらい見てやるから安心しろ。ほら、パンでも食え。」
「ぅぐぅん!?」

口にパンを突っ込まれてむせるのに、兵長は押し込んで来る。涙目で抵抗していると、彼はフッ、と口角をあげて笑った。その顔はどこか楽しそうで、面白そうに私を見つめている。
そんな時にまたあの香りが近づいて来る。

「食べ物で遊ばないでリヴァイ。」
「こいつがうるさくてな。他に黙らせるもんがあるのなら持ってきてれ。」
「もう、さっきからなに?いちゃいちゃしちゃって…ほーんとに迷惑なんだから!」
「悪いな。赤ワインを頼む。」
「オッケー。…ふふ、ちゃんと抵抗しないと危ない目に合うわよ?」
「?」

彼女に優しくデコピンをされた。あ、…あざとい。私は黙ってパンを食べながら、額をさする。首を傾けて兵長を見ると、何故かぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。

*******
…。
…そこから先は、覚えていない。
気がつけば、兵長の背中に背負われて、夜道を運ばれていた。

「兵長ぉ?」
「気づいたか?よく寝てたな。酒が強いという割にはあっさりじゃねぇか。鍛え直してこい。」
「すいません。」
「まぁ、もっとも…強くしてあったみてぇだが…。」
「え?」
「なんでもねぇ。こっちの話だ。」
「…いいんですか?」
「何がだ?」
「彼女と話したりしなくて…。」
「なんであいつ何だ?お前はあいつを俺の何だと思ってる。」
「兵長の好きな、ひと。」
「違う。」
「でも、ずっと見てた。」
「ほぉ。嫉妬か?なら早くそう言え。」
「…。」
「○?…って、オイ、背中で暴れるな。おちてぇのか。」
「さびしかった!」
「…!」
「兵長が向こうばっか見て、きずついたー。ショックだったー、泣きそうだったー。もー。」
「フッ…悪かったな。ただ、あいつを見てたのは…、」
「もういい!もうのまない、兵長となんてー、だぁーれがのむかー?」
「酔っ払いが。明日覚えておけよ。忘れたとは言わせねぇぞ。」
「だぁーれが。兵長とー。いーもん。もーのまない。泣いてせがんでも、ふんっ、…だぁーれが。」
「るせーな。もう一回寝てろ。俺の部屋に着いたら起こしてやる。」
「ふん、ふん、ふーー…ぅはぁ。おやすみなさい。」
「ああ。後でちゃんと起きろよ。」
「兵長に、見られたかったのになぁ…取られちゃったなぁ、あの人に、兵長に、…見られ…たかったのに、なぁ…。…。」

すぅすぅと寝息を立てる○に、リヴァイは笑うしかなかった。笑うと言っても声を出して笑うわけではない。自分の心の中で久しぶりに笑っていた。

「クソ、可愛いこと言いやがって。」

リヴァイの足は迷わず自分の部屋に向かいつつ、赤い女の計らいに感謝した。

end

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