◇不安な恋人たち

私たちは恋人だけれども、恋人らしいことしてないなぁ、とこっそりため息をついていた。潔癖症だからか、リヴァイは私に触ることはほとんどない。そばにいても、すぐ横に立ってみても、その手は腕組みされていたり、気をつけポーズで腿の横に流れている。デートをしていても、手をつなぐこともないのです。肩を抱かれたり、不意打ちにキスされたり、何もなく、ただ買い物をして帰宅したら解散というのが彼とのデート。はぁ…切ないわぁ。

「ねぇ、○って恋人いたっけ?」

久しぶりに会った友達から質問された。いるよ、と言えばいいのに、付き合っている実感や自信が無くて嘘をついた。

「いないよ。」
「あ、そーだったね。やっぱさ、働きながら相手探すって出来ないよね。出会いがないって言うかさぁ。職場の男って言っても、もう仲間としか見えないし。」

笑いながら愚痴る友達に後ろめたさを感じたけど、何故かそこまで嘘をついていない気にもなって、余計虚しかった。

まぁ…告白してオッケーもらうとは思わなかったからなぁ。断られるんだろうなぁと思っていたから、じゃあ付き合うか、とアッサリ言われたから思わず聞き返した。それで、恋人になったものの、関係があんまり変わらないのが正直なところ。前よりも話すようにはなったし、リヴァイからも話しかけてくれるけれど、甘い雰囲気なんて全くない。そのせいか、周囲も私らが付き合っていることに気づいていない。一応付き合って1ヶ月が経つのだけれど…。1ヶ月も付き合っているんだから、せめて手を繋ぐとか、抱き合うとかあってもよくない〜?と思うけれど、本当にそんな隙がない。リヴァイは真顔で平常運転。
恋人として私は認識されていないのかな?ってか、そもそも、リヴァイから好きだと言われたことはないな!

(…はぁ、なんなんだか。)

ポツンと1人で道に立って、青い空を見上げる。ちっぽけな私のちっぽけな悩みは空を見ていれば忘れられるのかな?すごく晴れやかで広い青をただただ死んだ目で見上げていたら、何してんだ?と背後から声をかけられた。
この声は、リヴァイだ!私の恋人!とぱっと振り向いたら、その隣にはペトラが立っていた。2人の手には買い物袋が掛かってあって、2人で買い出しに行ってきたらしい。それに気づいた瞬間、ドスンと重い一撃が心にのしかかる。私の心を真っ暗な雲が覆い、激しい雷が落ちた。

「…。」
「呆けた顔しやがって、遠くから見ていたが、なかなか間抜けに見える。」
「○さん、どうかしたんですか?」
「あ、…いや、なにも、ちょっと考え事していて…。」
「ほお。能天気なお前が考え事か。大方、今夜の飯のことでも考えていたんだろう。」
「そ、そうかも?」
「…。」

何故だろう?3人で顔を合わせていることが気まずい。確か、ペトラはリヴァイが好きだ。優秀でリヴァイ班に所属している。私と違ってしっかりしているし、言いたいことは言えるし、度胸もあるし…、きっとこんなグジグジ悩まない明るい子だ。…ああ、なんだろ。かなりつらい。私が恋人のはずなのに、なんでこんなに逃げ出したいんだろう…。

「まぁちょうどいい。オイ、ペトラの荷物を持て。こいつを倉庫にしまいに行くぞ。ペトラ、もういい。下がれ。」
「はい。…お願いします。」
「あ、…はい。」

真っ直ぐなペトラの目を見れず、目をそらしながら荷物を受け取る。ペトラは従順に下がって行く。私は荷物をもってリヴァイと一緒に外の倉庫へ向かう。その間、私はリヴァイのななめ後ろを歩いていた。いつもならリヴァイにしきりに話しかける私だけれど、今日はなにを話したらいいかわからなくて、どんな風に一緒にいたらいいのかも分からなくなった。リヴァイはそんな私を知ってか知らずか、無言で歩いて倉庫の鍵を開けて中に入った。

「チッ、きったねぇな。」

不機嫌そうなリヴァイの後ろを歩いて荷物を取り出す。中身は文房具とゴミ袋だったので、それを決まった場所に片付けておいた。

「失礼しま、」
「待て。この状況から今なにをするべきか察することはできねぇのか?」

肩越しにふりかえるリヴァイの目は掃除欲に輝いている。その顔に汗を浮かべながら、苦笑いする。リヴァイの気づかないところで傷ついている私は、今ちょっとリヴァイと距離を置きたい。だけれども、リヴァイは構わず倉庫の掃除用具を開けて私にハタキを手渡した。やるんですね。
はぁ、と心の中でため息をつきながら掃除を始めるけど、お互い会話がない。私がリヴァイに話しかけないから余計にない。まるで冷めきった夫婦みたいな…いや、それよりも、もう恋人でもないような感覚に結構ショックを受けた。2人きりの狭い倉庫の中なのに、なにもなし。…私ってなんでリヴァイに告白したんだっけ?リヴァイとキスしたかったから?好きだから好きと告白をしただけ?リヴァイの特別になりたかったから?…何でだっけ?そして何でリヴァイは私をオッケーしたんだっけ?

「…おい、なんかあったのか?」
「え?」
「言ってみろ。」

リヴァイは棚を拭きながら、背中で聞いてくる。私と背合わせのはずなのに、何でわかるんだろ。鋭いんだから…と思いつつ、なんて言えばいいのか分からなくて口ごもる。

「言いたくなければそれでもいい。」

リヴァイは無理強いせず、静かにそう付け加えた。絶妙な押し引きをしてくれるリヴァイ。付き合う前からすごいなぁと思ったけれど、ほんと相手をよく分かってるよね。だから、信頼されたり好かれたりするんだろうなぁ。…はぁ、そう、リヴァイはモテる。男だってリヴァイを尊敬してついていくし、女はなおさらそこに恋愛感情を乗せて彼についていく。私もその中の1人だった。周りにはライバルがたくさんいていつも焦ったりがっかりしていて……はぁ、ダメだ。今日はブルーだ。よくない方へ頭が流れて行く。何でこんなに悪い方へ考えて勝手に凹むんだろう?
…リヴァイといると辛くなるなんて、初めてだ。

「リヴァイ、ごめんっ。」
「?」
「掃除、抜けていい?ちょっと休みたい!」
「具合でも悪りぃのか?」
「うん、ごめん。あ、代わりにペトラ呼んでくるよ。」
「…オイっ。」

投げやりな気持ちで飛び出した。倉庫を出て、無言で兵舎を突き進み、リヴァイ班の部屋に行き、ペトラを呼んだ。ハハ、何でこんなことしちゃうのかな。ペトラなんて一番のライバルなのに。今日の私は自分でも意味不明な行動をしている。何してんだか。ペトラに用件を伝えると、彼女は意外そうな顔をしてから了解して倉庫へ向かった。その背中を見つめながら、さっき見た2人のツーショットを思い出す。
…似合ってたなぁ。

「はぁ。」

その日の夜はご飯も食べずにさっさとベッドに入った。人と会いたくなくて、ぐちゃぐちゃした1日を早く終わらせたかった。あかりを消してさっさと布団に潜る。目を固く閉じても悩みがグルグル回って消えそうにない。はぁ。ばかばか。寝ないと。病んでしまうわ。深いため息を吐くと、コツコツと廊下から足音が近づいてくる。それは私の部屋の前に止まって、ドアがノックされた。誰とも会いたくないので無視して寝たふりをしていると、ドアが開く。だれ?
その人は黙って入ってくると、ベッドの横に立った。石鹸の匂いがする。もしかして、リヴァイかもしれない。それでも、背中を向けたまま寝たふりを通す。リヴァイとはなおさら会いたくない。

「…俺に寝たふりとはいい度胸だな。」
「!?…な、何でわかったの?!」
「当たりか。」
「え。ハッタリ?」
「当然だ。暗い中で寝たふりも何もわかるわけねぇだろ。」

こんな性格だからか、まんまと騙された私は起きてしまった。暗闇の中、気まずくなりながらリヴァイの方を見る。淡い月明かりだけが頼りで、あんまりリヴァイが見えない。それはリヴァイも同じこと。リヴァイはただ無言で立っているから、不安になる。ゆっくりと上体を起こして聞く。

「…なぁに?」
「元気じゃねぇか。俺はお前が病気で寝込んでいると思っていたんだが、その心配はなさそうだな。」
「…でも、心が萎れていたの。」
「だから、何があったと、掃除の時に聞いただろ。お前は話しちゃくれなかったが。」
「…聞きたい?」
「なんて質問だ。人を試してないでさっさと答えろ。」
「ぎゃ!」

ぐっと前髪を掴まれてうながされる。リヴァイは乱暴だけど、今も前髪をむんずと掴まれているけれど、不思議と痛くはない。毛根から毛を引き抜きような気は無いらしい。むしろ、痛くないように握るなんて、気が利いている。リヴァイはベッドに片膝を乗せて前傾姿勢になったから、少し顔が近かった。

「言え。」

少し不機嫌な、苛立った低音に、私は言うしかなかった。

「ちょっと不安だった。」
「不安?」
「リヴァイと付き合っているけど、恋人っぽくないから…。」
「お前の言う恋人らしさとは何だ?」
「…手を繋いだり、触ったり、甘えたり?」
「確かに、そんなことはしてねぇな。」
「…したくないからなの?」
「そうじゃねぇ。」
「する気が起きないの?」
「そうじゃねぇ。」
「触りたくないから?」
「そうじゃねぇ。」
「じゃあ何。」
「…そうだな。それは俺も不安だったからだ。」
「え?」

前髪を掴んでいた手が離れる。リヴァイは視線を落としながら、らしからぬことを言う。

「俺にとってお前が初めての女だ。女の扱いなんて何も分からねぇ。お前が何をしたら喜ぶのか、何を求めているのか、俺にはわからなかった。今日の昼だってそうだ。お前が空を見て何を考えていたのか、それを何故俺に教えなかったのか、何故退室してペトラを代わりに呼んだのか、何故夕飯を食いに来なかったのか、何故寝たふりをしたのかも、考えても何1つわからなかった。…だが、それを聞いてしまえば、それさえも分からねぇのかと幻滅されることが恐かった。…不安なままお前と付き合っていたのは俺も同じだ。」
「…。」
「こんなことを言う男に幻滅したか?」
「しないよ!するわけないじゃん!」
「…!」

即答するとリヴァイが揺れる。暗闇に目が慣れてきた私はリヴァイが驚いた顔でこちらを見たのがわかった。

「むしろ、安心した。私だけじゃないんだって。」
「そうか。ならいい。」
「嫌われてないのなら、よかった。」
「嫌いだと?何を言ってやがる。お前を受け入れたのは俺だろうが。」
「うんっ。…でもね、よく思うの。私よりリヴァイと似合う人いるなぁって思うと不安になる。現にリヴァイのこと狙う人多いんだから。私、自信なんてないや…イッタ!?」

いきなり額に激痛がした。リヴァイがデコピンをしてきた。額を撫でてリヴァイを見ると、リヴァイがベッドに手をついて顔を近づけてきた。

「要はお前の不安を消してやればいいんだな。自信は俺にはどうすることもできねぇから、自分で自分を信じる力を養え。」

いきなりなんだろうと思っていると、リヴァイが身を乗り出して私の口にキスをした。初めてのリヴァイとのキス。びっくりして目が点になった。舌が入らない軽いキスだけど、吸い付かれてくすぐったい。

「…ふぁ。」
「これで満足か?」
「た、たりないよぉっ。」
「…。」
「…、お、教えるから、もっと…。」

今のキスで、リヴァイはキスが初めてなんだと気付いた。リヴァイは固まったけど、少し強引にリヴァイの首に腕を回して引き寄せる。

「いや?」
「そうじゃねぇ、悪くない。全く悪くない。」
「なら…、」
「待て。 」
「へ?」
「こんな情けねぇ俺のことは絶対人には言うな。分かったか?お前だけが知っていればいい。いいな?分かったらとっとと返事をしろ。」
「はい。」

返事の後、少し間を置いてから決心がついたのかリヴァイは私に顔を近づけた。唇はさっきよりも震えていて、わたしよりずっと不安そうだった。

本当に不安だったのは、どっちなのか…。

今まで見えなかったものが見えて、どこか安心した。

end
おまけ

「ちょっとー!あんたこの前恋人いないとか言ったくせに、いるんじゃないの!しかも、あの、リヴァイ兵長とか、聞いてないんですけどっ!もー、2人で並んでご飯食べたり、こっそり手を繋いだり、私に対する裏切りなの?」
「ごめんて。あの時はちょっと、…あ、リヴァイが呼んでる。今日夜デートなんだ。またね!」
「ちょっ!兵長のこと呼び捨てとか!?あーむかつく!行ってこい!」

付き合って2ヶ月目。不安を乗り越えて今はとてもラブラブです。

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