◆その顔がみたくて

エルヴィン団長は、仕事中最低限の愛想しかくれない。終始仏頂面で、真剣そのもので、必要な時は威圧さえかけてくる。
友人の上司のように、爽やかだったり笑顔が絶えない、ということはほぼない。
私は最初そんな団長が怖かったし、そばにいるのも気が引けた。

…でも、最近の私は、そんな彼が笑ってくれると、それがすごく特別な瞬間に思えて、めちゃくちゃ嬉しいことに気づいた。

だから、私はその笑顔が見たいがために、進んで団長の手伝いをしたり、話しかけることが増えた。
そうしたら、垣間見えるものが増えた。
たとえば、資料を渡す時に団長は少しだけ口角を上げてくれるようになったとか、廊下でばったり会った時、緊張が解けた目で挨拶をしてくれる、とか…。それはささやかな変化だけれども、日頃関わっているからこそ気づける変化だった。

「へぇー、よかったじゃん。」
「でしょーー!?」
「ま、アタシにしてみれば、そんな変化がわからないから、いつもの団長にしか見えないけどね。」

友人に話しても、友人はわからないらしい。…いやーどう見てもあの時の団長は少し柔らかい顔をしていたけどなぁ?と、私にはわかるものが増えた。

でも、肝心の笑顔、まではまだ程遠い。それがいつ見えるのか楽しみでしかたない。でも、なかなか難しい。

「…ま、私にはまだ難しい…か。」
「何がだ?」
「…はぇ?」
「何が難しいんだ?」
「だだだ、団長!??」

廊下から窓の外を見ながら独り言を言った時、まさかの返事が聞こえた。そして、それは団長の声だった。私は素っ頓狂な声を出したけれど、さすが団長眉ひとつ動かない。微動だにしない顔で私を見下ろしている。

「あ、いえ、特に!」
「そうか。まぁ、私に言いにくいことであれば、無理に聞き出すことはしないが…、真剣に悩んでいるように見えたから、つい聞いてしまった。すまない。」

少し悪そうに目をそらした団長。
団長が心配して話しかけてくれるなんて、すんごく嬉しかったな。私は、へへへ、と鼻の頭を掻きながら笑い返す。

「…君は、本当に感情豊かだな。見ていて飽きないよ。」
「え、そうですか?」
「ああ。新鮮だ。」
「…私も、団長は見ていて飽きないです。」
「私が?何故?」

口がムズムズする、言いたいけれど、恥ずかしいし…。

「それは、ナイショです。」
「…そうか。いつか探ってみたいものだな。」
「!」

今、団長が…笑った!
それも、フッとどこか探るような、受けて立つ男のような、それでいて意地悪で、楽しんでいるような、色々な気持ちが染み渡った笑顔だった。
その一瞬見えた表情に不覚に、私はドキッとしてしまった。私はその気持ちを隠すために、目をそらしながら突っぱねる。

「…多分わかんないと思いますよ?」
「ほぉ?」

次に向けられた顔は、面白いものでも見るような顔。ああ、なんだか新鮮。ここまできたら、もっと、いろんな表情をさせたくなる。
ムズムズした何かが私の心の中に芽吹いた時、突然、鋭く冷たい声がした。

「おい、会議に遅れるぞ。」
「!?」

どこからともなく兵長の声がする。キョロキョロ見渡すけど、姿は見えず。どこ?と焦った時、ああそうだな、と団長が後ろを振り向いた。
大きな団長の背後に控えていた小さな兵長。そこにいたんですね、ずっと聞かれていたんですね…。
…小さくて気付かなかった。

私は兵長から普段よりずっと不機嫌な目を向けられた。

end

ー エルヴィン、何気持ち悪い笑みを浮かべてやがる。
ー 彼女、面白いだろ。
ー お前にとってはな。

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