6.Watchdogの主人は?

失恋から2週間。少しずつ、いつもの私が取り戻せてきた。まだ痛むけれど、そろそろ前を向きたい。

今週も乗り切った。

夕日を見つめながら腕を伸ばす。ちゃんと乗り切れたのも、ニックスのおかげだ。
彼はいつもそばにいて、静かに私を支えてくれた。今日も、そばにいてくれた。今も、私の隣にニックスの上着がある。ニックスは、着替えをしに更衣室に寄っていた。

でも、帰りが遅い。更衣室に向かって15分は経っている。他に用事でも足しているのかな?と思いつつ、吹きさらしの外で待っているのも少し寒い。ニックスを迎えに行こうと思って、上着をとった。

更衣室までの一本道を歩いていると、誰かの話し声が聞こえる。女の人と、男の人の声。男の人の声は、ニックスだった。
この角の奥から聞こえてくる。ただの好奇心から耳を澄ましていると、会話が聞こえてきた。

ー ●さんとは、付き合っていないんですよね?

私の名前が聞こえて、驚く。何の話をしているんだろうと、聞き耳をたてるとニックスの返事が聞こえる。

ー 付き合ってはいない。
ー そうなんですね。最近、二人がいつもいるから、てっきり付き合っているのかと思ってました。

どこか安心する女の声。この流れ、もしかして…と胸がざわついた。

ー 私、ニックスさんが好きなんです。付き合ってもらえませんか?

彼女のセリフに胸がざわついた。真剣なその声が、ニックスの胸にどう響くんだろう。すごく気になったけど、聞いちゃダメだと思う。…ここから先は聞いちゃいけない。
私は動揺しながら、踵を返すと待ち合わせ場所に戻る。戻った後は、呆然とニックスの上着を胸に抱いたまま立ちすくんでいた。重く脈打つ心臓の音を感じる。

ニックスの返事は分からない。ニックスは私に好意を示してくれたけど、もし、彼女に揺れたら?私を置いて彼女の元へ向かったら?

「…っ。」

…がっくりと、体の力が抜ける。やっと、立ち直れたのに。また、大事なものを失って、からっぽになる思いだった。内側から全てを引き抜かれる感覚に、クラクラして、ふらついた。

「…だめだなぁ、私って。」

自嘲気味に笑って、胸に抱いた上着を畳んで石畳の上に置いた。
私の中で危険信号が点滅している。脆い自分を察して、石畳の階段を駆け下りた。真っ先に家に帰ろう。

「●!」
「っ!」

階段の上から、ニックスが私を呼ぶ。私は顔を引きつらせた。ビクンと足を止めて、立ち止まる。そして、ぎこちなく振り向いてニックスを見上げた。ニックスは上着を手にとって、肩に担ぐと、黒のインナーのまま階段を降りてくる。

「帰るのか?」
「あ、う、うん。」
「どうした?様子が変だぞ。」
「あ、ぁー、えっと、何でもないけどな?」
「うそつけ。何があった?」
「……ない。」
「何だよ、今の間は。嘘が下手だな。」
「…う。」

呆れたように私を見る。

「あいつになんかされたのか?」
「ちがう。」
「じゃあ何だよ。」
「…んん。」

すっと目を伏せる。ニックスは、はぁ、と諦めたように、まぁいい、と話を切った。
そして、いつも通りに私の隣を歩くと、歩みを進める。私はできるだけ普段通りに、ニックスの隣を歩いた。でも、どこに行くんだろう?だって。もう退勤の時間だ。ここから先は街につながっている。

「なぁ。」
「なに?」
「飯でも食わないか?」

ニックスの誘い。何か話したいことでもあるんだろうか?もしかして、あの子の告白と関係してる?
無駄に頭を回転させた後で、私はうなづいた。うん、と二つ返事。ニックスは、ニッと笑って足を少し早めた。



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