7.待てができたから

ニックスの好きな店で美味しいものを食べたし、お酒も飲んだ。私はニックスから大事な話でも出てくるんじゃないかと思って、気を引き締めていたけれど、何もない。ただ、他愛のない話をして、程よい沈黙が流れて、ごく普通の時間が流れた。
時間が経つごとに、緊張を緩めていったけれど、あの角で聞こえた会話は気になって仕方なかった。

「今日のお前はどこか変だな。」
「へ?」
「何でそんなに緊張してるんだよ。」
「べ、べつに。」
「俺にとって喰われるかと思ってるのか?」
「!」

ニックスはニヤッと笑った。そんなんじゃないし、そっちじゃない!と心の中で大反対。

「そんなこと思ってないしっ。」
「ならいい加減話せよ。気になるだろ。お前、俺が更衣室に行っている間に何があった?黙って帰りそうになるし、呼び止めりゃ目を合わせないし。」

ぐっと、顔を近づけて問い詰められる。私は唇を噛むと、諦めた。こうなったニックスは、絶対に逃してはくれない。
私は、観念して先に謝った。

「ご、ごめん!ニックスっ!」
「は?」
「先に謝っておく!」
「おい、何だよ。」
「怒らないでほしい、…です。出来たら。」
「…お前、まさか。」

ニックスの顔にだんだん影が差し込まれて行く。盗み聞きしていたことがバレたか!と焦って、覚悟をしたけれどニックスの口から出たものは全くちがうもの。

「ロイドのやつとよりを戻すのか?」
「はぇ?!何言ってんの!?そんな訳ないし!」
「じゃ、他に男でも?」
「なわけないじゃん!そうじゃないって!私が盗み聞きしちゃったってこと…、あっ。」
「盗み聞き?」

勢いで話してしまって、萎縮。ニックスは頭上に?を浮かべる。

「その、更衣室から帰ってくるのが遅かったから、迎えに行こうと思ったんだけど、…そしたら、たまたまニックスが告白されているところ聞こえちゃって。」
「ああ、あの時の気配はお前だったのか。」
「ご、ごめんっ!」
「でも、俺が答える前に立ち去ってくれたんだろ。気配はすぐに消えたことに気づいたぜ。」
「う、うん。聞いちゃダメだと思って。」
「…………ふっ、だからあんなに俺を避けたのか。」
「〜っ。」

ニックスの余裕そうな笑みがむかつく。ニヤニヤして、優越感に浸っている人の顔だ。

「俺がなんて答えたか知りたいか?」
「…うん。」
「後で教えてやるよ。」
「!」

余裕!ひどいっ。ニックスは楽しそうに肉を食べると、この話を切ってしまった。私はモヤモヤしながら、目の前の豆をつまむ。

「ヒヤヒヤしたか?」
「〜、知らないっ。」
「素直になれよ。顔に出てるぞ。」
「ぅ…っ。」

つん、と頬を突かれて、悔しい。ジロッとニックスを睨むと、すごい笑顔を向けてきた。いつもクールで無愛想な彼がこんな風に笑うなんて知らなかった。酒の席でもこんなに笑っている彼は見たことがない。


◇◇◇◇
「水、飲みたいなぁ。」
「自販機で買ってこようか?」
「家まで我慢する〜。」

店から出ての帰路。星が輝く空を見上げながら、ゆったりと歩いていた。ほろ酔い気分が心地いい。ニックスはお酒に強いから、そんなに変わりはない。私は時々目を閉じて、凸凹道を歩いていた。

「コケるぞ。」
「大丈夫大丈夫、受け身くらい取れるから。」
「どうだかな。」
「〜♪」

目を閉じて、てきとうな鼻歌を歌う。久しぶりにこんなに機嫌がいい。

「なぁ、そろそろ目を開けた方がいいぜ?」

耳元でニックスの低い声がする。その距離の近さに驚いて、目を開けるとニックスの顔がすぐ横にあった。

「な?危ないだろ?」
「!…っとっ!?」

驚いたはずみでコケる。その体をニックスが支えてくれた。反射的にしがみついて、抱き合う形になった。

「ほら、言わんこっちゃない。」

ニックスは静かに声を響かせる。私はニックスの引き締まった腰に抱きついたまま、甘い気持ちになった。

「…ごめん。」
「俺は、このままでもいいぜ。」
「でも…。」
「いいから。」

私の背中に腕が回って、抱き合う。ニックスの胸に顔を預けながら、私は人の温もりを久しぶりに感じていた。前の人とはちがう、たくましさ、香り、硬さ、厚さ。

「断ったよ。あの子には悪いけど。俺には、惚れた女がいるって。」
「ニックス…。」
「その女はまだ返事をくれないが、いつか返事をくれると約束してくれたってな。」

ドキドキした。ニックスのちいさな煽りが頭を熱くする。

「なぁ…まだか?」

彼の唇が私の耳たぶに触れた。私はニックスの首に腕を回すと、眉を寄せた。

「その子じゃなくてよかったの?」
「ああ。俺の気持ちは変わらない。●、お前が欲しい。」

変わらない気持ちに迷いは消える。応えたいという気持ちが、唇に乗って、彼の元へ重なった。




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