4.watchdog

昨夜のことがあって、まだまだ失恋の痛みは生々しく残っていた。職場が一緒だと、朝が辛かった。昨日までの自分は、彼に会いたくて早く出勤するほどだったのに。出来れば出勤したくない。彼のいないところに移りたいなと、さえ思いつつ、重い足を引きずって向かった。

ロッカーの荷物を入れて、身だしなみをチェックする。夜、一人で泣いていたけど、目は冷やした。ほとんど目は腫れていないから、泣いたことは誰も気づかないだろう。あとは、この疲れた表情を誤魔化せばいい。…とは言っても、人に会うのはやだなと思う。
それでも仕方なく、渋々ロッカーを閉めて集合場所に赴いた。


集合場所へ向かうと、部屋の前の柱にニックスが両腕を組んで寄りかかっていた。私に気づくと、腕を解いて近寄ってくる。昨夜のいろんなことのせいで、少し、どきっとした。私はおずおずとニックスを見つめるけれど、彼はまっすぐな瞳で私を見た。

「あ、おはよう!」
「気分はどうだ?」
「うん!落ち着いたよ。昨日は、ありがとう」
「…泣いたのか?」

鋭くて、言葉に詰まる。私の顔を少し見ただけなのに、なんでそんなにわかるんだろう。

「う…うん、ちょっとだけ…。」
「…。」

ニックスは口を一文字にして、そっと目をそらす。

「行くぞ。もう時間だ。」

でも、彼の声はいつもの通りの声。キビキビと必要なことしか言わないような、クールな仕事モード。私も気持ちを切り替えて、背筋を伸ばす。彼の隣について、部屋に入った。

集合場所で、将軍からの連絡事項を聞いてから、今日の任務を言い渡される。と言っても、今日は特別これといって任務がない。武器のメンテナンスや訓練をしろと告げられたくらい。

将軍の話が終わり一同がばらける時、ロイドの姿を目に止めた。彼の顔はまだ腫れていた。口は切れていて、かなりの不格好。周りになんて言い訳をしたのか…。多分本当のことは言えないはず。
ロイドは一瞬私を見た。行き交う人に阻まれながらも、私たちは視線を交わす。でも、彼は私の隣に目を向けると、パッと背中を向けて逃げるように立ち去った。

私の隣には、瞬きもせず彼を睨み返しているニックスが立っていた。敵を睨む時の目で、私でも怖い。私が、ニックス、と声を掛けるまで、ニックスはロイドの背中を睨み続けていた。

それ以降、ロイドと私の目が合うことはなかった。

私は、武器のメンテナンス室に向かう時、ずっと前を歩くロイドの背中を時折目に入れていた。そして、その遠くひらけた距離に不思議な気持ちになる。…昨日まで、隣に並んで歩いていた人なのに。二人の関係の急激な変化に、結構傷ついて、目頭が熱くなった。

よりを戻すつもりはないけれど、あんなに仲が良かったのに、こんなに一瞬で関係が崩れてしまうなんて。今では、まるで敵のように対立したり、他人のように無視し合っている。
…一気に虚しくなった。

「おい、ここ右だぞ」
「…あっ、うん!」

失恋の後遺症にズッポリはまっていると、ニックスが呼び掛ける。慌ててロイドとのことを頭から払うと、通路を右に曲がった。

…ダメだ。道を間違えるなんて。…でも、本人を前にすると、こんなにもとらわれてしまう。酷いことをされて、酷い言葉も浴びせられたのに。楽しかった思い出も溢れ出して、相手の全てを憎むことはできない。

「……。」

ニックスだって、きっとこんな私に呆れている。今の私は特にかっこ悪い。…はぁ、昨日付き合ってるなんて言いふらさなきゃよかったなぁ。ノロケ話なんてしちゃったし…もう、散々だ。

「お前に似合う武器、選んでやるよ。」

ふと、ニックスの言葉が私を沼地から救いだす。ニックスを見ると、微かに口角をあげていた。そして、顔を上げた私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
…元気出せよ。
そう言ってくれている気がした。

「…うん。」

私は少し嬉しくてうなづいた。
彼は、まるで私を護るように、もう私が傷つかないように、ずっと側にいた。

かっこいい武器も選んでくれた。

午後からの訓練も、パートナーとして同行してくれることになった。


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