ここしばらく、他のやつには笑顔を向けて、俺には沈んだ顔を向けるそいつを見ていたら苛立ってきた。俺は、知らないうちに奴が気になって気づけば目で追うようになった。だが、あいつと目が合うことはない。俺から避ける奴を見て、あんなキス1つのせいであいつを失ったことが馬鹿馬鹿しくなった。

「おい。ちょっとこっちに来い。」

ある日、俺はやつを呼び出した。俺に声をかけられて驚いたやつは、躊躇いがちに俺の元へ来た。ここは人気のない兵舎の裏。ここならあの話をしても誰も聞いちゃいないだろう。

「例の件だが、…なかったことにしないか。こんなことで上司と部下の仲を乱していても仕方がない。俺も過剰に反応しすぎたと反省している。だから、俺たちの仲は以前の仲に戻るように努めねぇか?」
「…は、はい。」
「そんな頼りねぇ返事を聞かされても信用ならねぇな。何でそんなに暗い顔してるんだよ。」
「…だって、」
「怒らねぇから言ってみろ。」
「…私とキスしてすごく嫌な顔したから。」
「あ?」
「それは、悲しくもなりますよ!汚いなんて言われたから、なおさら傷つきましたよ!」
「おい…どういうことだ。何を言ってやがる。」
「もー!鈍感!鈍感男!!」
「アァ?」

いきなり人を鈍感呼ばわりした○は俺に背を向けた。その頭を掴んで振り向かせる。

「脈絡もなく俺を鈍感呼ばわりするとはいい度胸じゃねぇか。俺はお前の言っていることがさっぱりわからねぇ。俺はたった今、和解を提案したんだ。聞いてなかったのか?」
「そうですけど、私は、私とのキスをそんなに嫌がられて傷ついたって言ってるんです!そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですかっ、もう!」
「…、つまりなんだ…てめぇは、」
「もーいいです!」
「おい、待て。勝手に話を切るんじゃねぇ。お前の悪い癖だ。」

俺の手を払いのけようとした○の手を取るが、暴れる。力で押さえ込もうとすると、互いに足を滑らせて地面に倒れこんだ。小さな悲鳴が俺の体の下でする。俺は、○を押し倒した形で草の上に倒れ込んでいた。ハッとした○との顔が近い。○は顔を赤くしながら、俺に聞く。

「私が近くにいて気持ち悪いですか?吐き気でもしますか?部屋に戻ったら手を洗い続けますか?」
「…しねぇから、安心しろ。」
「私なんかとキスして相当嫌だったんでしょ?」
「…それは、単に人と触ること自体が得意じゃねぇだけで…、」
「でも、そこから私のこと避けたし、嫌そうな目で、」
「…ったく、いちいちうるせぇ!」
「ン!?」

うるせぇ唇を唇で塞いだ。2度目のキスは、あの時ほど抵抗はなかった。唇同士が潰れあって、生ったるい感触がする。今回は○の吐息交じりの声が、耳に届いた。その声に体が反応したのは、俺が男だからか。今まで感じたことのない感情がふっと沸き起こり、妙な気分になった。そして、かすかな好奇心から、しまっていた舌を○の唇にあてる。○の唇は震えていたが、少し唇を開けて俺の舌を通す。

「ンッ…ふっ、へぃ、ちょっ。」
「…っ。」

何だ。こいつ。その声は…。何だ…何だ。何をしているんだ俺は。…草の上で、キスを覚えている俺は、何をしているんだ。薄れた理性を引き起こして、唇を離した。

「…別に、お前とのキスは嫌いじゃない。分かったら、とっとと持ち場に戻れ。」
「!」

真っ赤になった顔の○は俺の下から這い出ると、走り去った。俺はゆっくり起き上がって、草や土を服から払い落とす。風が妙に冷たく感じる。熱い指先で唇に触れると、そこもまた熱かった。

「…らしくねぇな、チクショー。」

end



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