エピローグ
昔から抑圧された環境下に置かれた子供は、"自由"な立場になった途端、爆発するという話をよく耳にした。
爆発は爆散というスプラッタな意味ではなく、うちに秘めた欲望が、という話だ。
やけに耳に残るのは、そうなのだろう、と、私が自分にそう思うことがあったからだろう。
私も"自由"を願った。
私の行いが、誰の責任にもならない。好きなものを、好きなだけ。やりたい事も、やりたいだけ。自分の働き次第でその数とラインナップは増える。与えられた小屋の中で、煩わしいと、仕方ない子と呼ばれることはない。
全部全部、知ってから望んだことだった。
知って、羨むようになってしまった。
体も心も軋んだことのない子。親から暴力も罵声も浴びされず、褒めてもらえる子。心が空虚な感覚をわからない子。
手当など勿体無いと、傷がむき出しの私を、周りは可哀想な子だと言う。
知って初めて、理解して、惨めさを覚えた。
はやくはやくはやく、自由になって、皆と同じになって、誰の目にもつかなくなればいいのに…_
「無理だよ」
「可愛くない子、人でなし、出来損ない、役立たず、我儘放題の恥晒し、…そうでなくちゃ」
__は、と。
気付いたら真っ暗な部屋でしゃがみこんで居た。
幼い声が不思議に響いた。
(__そうか、これはまた、いつもの最悪な夢だ。)
揺蕩うような、ぐちゃまぜになったような心地から冷めていく感覚に引き戻されて、声の主に意識を向けた。
「親に、兄弟に言われて、周りの人も口を揃えて言うのだから、それが真実。事実でしょ?」
暗いのに不思議と少女の姿は細部まで黙認できた。
いや、これは恐らく、確実に、夢なのだから。不思議なことはないのだろうけれど。
俯く私の顔を、丸い目が覗く。真っ直ぐで、愚かなくらい無垢で、無知な瞳に、嫌な程見覚えがあった。
「なんで笑うの…気持ち悪いよ」
私は今、綺麗に、笑えて居るだろうか。
_________ ___ __ _ …
「…、ちょっと、着くわよ。起きなさい」
「…ん、すみません」
なんだか最悪の目覚めだ。
ぼんやりする頭で目だけ動かすと、う、と目があったセンパイの1人が体を硬直させたので、自分の目つきが悪くなってる事に気付いて、眠り眼を擦った。
なんなのあの子、と悪口大会が開幕しそうな雰囲気に居心地が悪くて、視線は窓の外だけに注ぐ事にした。
ビル街のネオンの光が線となって消えていく。
車内には雑音1つとて入り込まないが、都心特有の集団となって動く人々を見れば熱気と独特の香りが漂ってきそうだった。
映り込む自分の姿は、適当な上から誤魔化すように訂正されたメイクが施され、キラキラしたドレスに着られていて、思わず目を閉じた。
数十分前にさかのぼる。アルバイト先に出勤して早々、なんだか高価そうなドレスを押し付けられ、社の高級車にセンパイ達数人と乗せられ、選択制の筈なのに強制的に参加させられた今日の仕事は、とある金持ちのパーティで麻薬の売人と睨まれている人への接触、関連の情報収集、だそうだ。
本来は国家公務員の専門の役職または警察が動く案件だそうだが、中々尻尾を出さないようで、秘密裏に動くためそこから数人と、私の職場である探偵社から選抜された数名が任務に当たるらしい。
なんでこの子まで、とセンパイ方にぼそぼそ言われるのも無理はなく、私はあくまでお手伝いとして所属している立場で、わりかし自由に1人でいつも行動してる為職場で浮きまくっていて、団体での任務には向いていない。
にも関わらず、今回のことだ。というかパーティとかドレスコード必要な華やかで豪華な場所も苦手で、正直勘弁願いたい。
…と再三社長には申し上げた筈なのに、と。そういう不満があったからだろうか。
あまりに気が遠くなって寝こけていたが、夢見も良くなかったのだろう。
もう何を見ていたのか思い出せないが、もやもやした気持ちが晴れない。
「(にしても、夢を見るなんて、久々。…何かの前兆だったら…不吉な事は考えんどこ)」
この後元々誰とも約束は無かったし、終電も送ってもらえるのなら心配は要らない。
そう考えたらどうでも良くなってきて、乗車している車がゆっくりとしたスピードに切り替わったところで思考が切り替わる。
「(やるべき事を、するだけ)」
「…ねえちょっと、アンタ」
「?」
「せいぜい好き勝手せず大人しくしてる事ね。アタシ達がいるんだもの、アルバイトは黙ってプロの腕を見とくものよ」
ニヤニヤ、バカにした視線がいくつも突き刺さる。
すう、と、心が冷める感覚。
それを無視して、その侮蔑の視線へと、使い古しの笑顔をへらりと向けた。
気持ち悪い、と、呟いたのは誰だろうか。