#00
「後悔しない?」
十センチ足らず上にあるフレンチグレーの瞳を真っ直ぐに見つめて囁くように、しかしはっきりと問う。
目の前に立つリヴァイという男は小柄といっても一六〇センチはあるのでさらに小柄の私を確かに高い位置から見下ろし、同じように真っ直ぐ私の瞳を見つめている。
「そもそも、俺がこういう色事を誰とでもすると思うか?」
言葉こそ意地が悪いけれど、その眼は至って真面目。
とても甘く優しく、それでいて半ば咎めるような視線は私を説き伏せるには充分だった。
私は、いいえ。と口だけでそれを否定してから、元より肘から指先ほどしかない二人の間をさらに半歩詰めた。もう、拳三つほどの間合いとなった。
「私は、思ったよりもあなたに傾倒しているみたいだから」
息すら触れそうな至近距離。平然を装っても震えるこの心まで彼に届いてしまいそうで、私は意味もないと解っていながら心臓から這い上がる息を静かに外へ逃した。
「自己防衛、っていうのかしら。傷つきたくはないの」
精神的にも、物理的にも、気づいた時には心の奥深くまで根を張り未だ日に日に大きくなる彼という存在を失うことが心底恐ろしかった。
互いが互いの想いを知っていながら決して触れることのない今の関係から一歩前へ踏み出してしまえば、もう後戻りはできない。
私はただ、恐れていた。
「傾倒、か……」
思案するように今よりさらに少し俯いたリヴァイだけれど、間違っても交わる視線を逸らすようなことはしなかった。私も、そんな野暮なことはしなかった。
そして、彼は私の心中などすべて知っているといった顔で目尻を優しく緩めると、その右の指の背を私の顎先から目元までそっと滑らせた。
まるで陶器でも扱うようなやさしい手つきに一瞬、息がとまった。
「それなら俺も、お前を失いたくはない」
やっぱり。この人にはすべてお見通しだ。
降参するように、頬に当てられた彼の手にすべてを委ねて私も表情を緩めると彼は至極満足そうに口端を持ち上げて、今度は手のひらでしっかりと私の左頬を支えた。
「もう、いいか?」
あたかも子供遊びみたいにそう問う彼に、私はようやく一片の迷いもなく瞬いた。
「もう、いいよ」
彼の左手が触れた腰が熱く、痺れるようだった。拳三つ分の距離すら無まで引き寄せられて、ぴとりと触れた逞しい筋肉には眩暈がした。
ゆっくりと端正な顔立ちが迫ってきて、私はそうするのが自然の摂理であるかの如くそっと目を伏せた。
ちゅ、と控えめな音を立てて重なった唇にはじめて、彼も私に負けないくらい熱を孕んでいたことを知った。
「後悔なんて死んでもするか」
これから先、何度彼と口付けを交わそうと、このときの熱だけは一生忘れないのだろう−−そう、思った。