#01 瞳の中の自由




「そういや今日、エルヴィンが勧誘したゴロツキが来るらしいよ」

 朝七時。身なりを整えて食堂に向かう途中でハンジさんと鉢合わせてそのままの流れで一緒に朝食を摂っていると、急に思い出したようにそんなことを言い出した。

「ゴロツキ……?」
「私も詳しくは知らないんだけどね。どうも地下街じゃ有名なゴロツキだったらしい」
「エルヴィンさんがゴロツキを勧誘……」

 要約して口に出してみたけれどなんとも不思議な響きだ。
 分隊長のエルヴィンさんは真面目で面倒見の良い模範的な兵士だけれど、それでいて少し型破りな面もあるので不思議ではあるが驚きはしなかった。またおもしろいことをするなぁ。

「配属先は決まってるんですか?」
「風の噂じゃあ、君のフラゴン分隊長のとこらしいよ」
「誰も相性というものを考えないんでしょうか……」
「調査兵団にそんな気の利いた奴が居ると思うかい?」
「思いませんね」
「ハハッ。そうなんだよなぁー!」

 即答すれば他人事のように笑うハンジさん。まあ、実際他人事ではあるけれど……だからって面白がりすぎでは。

 フラゴン分隊長は私の直属の上司である。しかしフラゴン分隊長とゴロツキ上がりの兵士だなんて相性は最悪中の最悪だ。フラゴン分隊長も悪い人ではないのだけれど些か人を見下すところがあるから、一悶着起きることは容易に予想できる。
 誤解や諍いを生みやすい上司のフォローをするのは、調査兵団に入団して彼の部下になってからもうかれこれ二年、私の役目なのだ。また仕事が増える気配に、私は深いため息を吐いた。



 ⌘ ⌘ ⌘



「全員注目!」

 訓練場でキース団長に紹介された三人の新米兵士。

「リヴァイだ……」

 無愛想な無表情。簡潔に名前だけを告げた少し小柄な彼に兵士たちがぐっと唇を噛んだ。
 私にはわからない。なぜ人間同士が些細なことに拘るのか。ゴロツキだとか犯罪者だとか、そんな世間のレッテルが巨人を前にどんな作用をもたらすというのだ。彼らが何者であろうと、ただ共に巨人に立ち向かいその命を燃やしてくれるのならば、私にとってはどうでもいいことだけどなぁ。
 そのあと、イザベルと名乗った彼女は私とそう歳の変わらないようなかわいらしい女の子で、こんな子も地下街で生きざるを得ないこの世界の現状に胸が締め付けられた。ファーランという背の高い彼は敬礼は手の向きが逆だったけれど、溌剌とした声には好感が持てた。

 そしてハンジさんから聞いた風の噂通りにフラゴン班に配属されることが決まった三人。もちろんフラゴン分隊長は不満気だったけれど。

「今後一週間、君たちにはそれぞれ一人ずつ教育係として班長をつける。皆、実力のある者たちだ。ありがたく訓練に励め!」
「はい!」

 ファーランとイザベルはピシッと敬礼をして見せたが、リヴァイと呼ばれた彼だけは興味なさげに窓の外を見つめていた。



 私はイザベルの教育係になった。彼女は死にかけていたところをリヴァイに拾われたとかで、彼に惜しみない信頼と忠誠心を捧げている。
 ほどよく筋肉のついた身体は多少拙いながらも基礎訓練をトントン拍子に熟したし、特に、馬の扱いに関して長けていた。なかなかいい人材だ。

「調査兵団にこんなに綺麗な人がいるとは思わなかったなぁ!」
「そんなに媚を売らなくたって私は怖くないよ」
「媚び売ってるわけじゃないぜ!本当に綺麗で女神様かと思ったよ!」
「そうかな……」

 訓練終了の掛け声に従って使用した器具を片付けていると、イザベルが瞳をキラキラさせて私を褒めに褒めちぎるものだから、普段、近寄りがたいとか住む世界が違うとかで同期にすら敬遠されがちの私は少しどぎまぎしてしまう。

「そうだよ!しかもまだ若いのに班長なんてすごいなぁ」
「運が良かっただけよ」
「またまた〜」

 地下街出身だとかゴロツキだとかで周りの兵士たちは少し距離をとっているようだったけれど、私の直属の部下となったイザベルはとっても良い子だ。媚を売らなくたって。とは言ったものの彼女の澄んだ瞳は到底嘘をついているようには見えなくて、彼女の素直で純粋な本質がひしひしと伝わってきた。

「あなたもまだ若いのに、今まで地下街を生き抜いてきたなんてすごいわ」
「え……?」
「兵士の大半は世間体ばかり気にして、地獄なんて知らずに入団するものよ。あなたたちには覚悟がある。命をかけるというのがどういうことか知ってる。そこらの新兵よりずっと立派に見える」
「……ナマエさん、っ、」
「ああ、待って。ごめんなさい。泣かせたいわけじゃなかったの」

 くしゃっと顔を歪めて瞳を潤ませるイザベルにおろおろしていると、ファーランとリヴァイがやってきてファーランが彼女の頭をガシガシと撫でた。

「なに泣いてんだよー」
「ナマエさんが……っ!」
「すみませんね。こいつ結構泣き虫なんです」
「いえ。何か傷つけるようなことを言ったのかも。ごめんなさいね」

 眉を下げてイザベルの顔を覗き込むと、彼女はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。ファーランは、気にしないでください。なんてケタケタ笑う。
 しかしリヴァイは相変わらず無表情。私を見る瞳はなにを考えているのかよくわからなかったけど、どこか優しかった。

「新人共!兵舎に案内する!さっさと来い!」

 フラゴン分隊長の怒号が飛んできて、喧嘩を売っているとも受け取られかねない威圧的なその声にため息を吐く。ほら、彼らすごくイラッとした顔してる。

「……何か困ったことがあったら遠慮せず言ってね」
「ナマエさぁん!」
「ああ、ありがとう」

 イザベルとファーランはとっても友好的だけれど、ただ黙って空を見つめるあなたは……。リヴァイ、あなたは何を考えているの。





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