#06 返り討ち
ーー辞令
ーー以下の者は、本日付で分隊長の任をを命ずる。
ーー第四分隊長 ハンジ・ゾエ
ーー第七分隊長 ナマエ・ミョウジ
ファーランとイザベルを失い壁内に戻ってきてから三日。その日は朝から兵舎内が騒がしかった。
「聞いたか?ナマエ・ミョウジが分隊長に昇進だって」
「俺たちとは出来が違うよなぁ」
「まだ十七歳だろ?」
「ああ。また史上最年少記録を更新したな」
原因は今朝、掲示板に張り出されたナマエとあの眼鏡の辞令らしい。兵団内の役職やら階級やらには詳しくないが、ナマエは分隊長にしては若すぎる。なんてことは俺でもわかる。
こいつらが
「あ、リヴァイ」
廊下の向こうから、ほんのりと目の下に隈を作ったナマエが歩いてきて俺に小さく手を振った。
「おはよう」
「おはよう」
一字一句違わないつまらない定型文の挨拶の交わして、掲示板の前に集まる野郎共の後ろ姿を見つめる。隣でナマエも同じように奴らへ視線を向けた。
「昇進らしいな」
「私が分隊長なんて性急すぎると思うのだけれど」
「そうか?優秀だと聞いたぞ」
「まあ、精一杯やってるつもりだけど……」
ナマエは昔から抜きん出て優秀だった。というのは、口ばかりよく回るあの眼鏡女から聞いた話だ。
訓練兵団は首席ーー歴代最高成績で卒業したし、調査兵団に入団すればたったの半年で史上最年少で班長に昇格。「指揮能力が不足している」と本人が辞退したことにより、自身の班を持たずフラゴン班に所属していたらしい。
しかし、そのフラゴン班自体が壊滅的になった今、そんなことも言ってられないだろう……。
「自分の班を持つのが嫌か?」
「……そりゃあ、ね。誰かの命の責任を負うって、この上なく息苦しいものよ」
「それもそうだな」
「でも、キース団長に班を作れと命令されてしまったから私の班員を探さなくちゃ」
「ほう……分隊長が選定できるのか」
「上官の特権よ」
楽しそうに目を細めたナマエは、あれからたったの三日で少し痩せたようだった。
たしかに実力はある。壁外で目の当たりにした身のこなしは素早く力強く正確で、見事としか言いようがなかったが……こんな弱々しく笑う奴が分隊長なんて、本当に大丈夫なのか。
「故にリヴァイ。あなたに私の班に入って欲しいのだけれど」
その一言に周囲の視線が俺に集まった。掲示板に群がっていた奴らもいつからか聞き耳を立てていたのか、こそこそと背後に立つ俺らの様子を窺っている。めんどくせぇな。
たしかに、俺はエルヴィンの元に降る形で正式に調査兵団に入団した。
くだらねえ駆け引きに利用されたことはやはり釈然としないが、その道を選んだのもまた自分たちだった。いつまでもガキみてえに駄々を捏ねているわけにもいかないだろう。しかし……。
「俺にお前の部下になれと?」
「そんな。私はね、パートナーが欲しいの」
「パートナーだと?」
「そう。この人と生涯を添い遂げたいって思えるような、信頼できるパートナー」
「おい。わざわざ含みのある言い方をするな」
「あれ。バレちゃった?」
「明け透けだ」
痩せたがふざける元気はあるらしい。それはまあ、いいことだ。
「まあでも、嘘ではないのよ?あなたとなら、私はいつ死んだって後悔しない」
ゆるりと微笑んだナマエに、周りが控えめに騒ついた。
俺にとっちゃよく笑う奴って印象だが、そういや、普段はあまり表情を変えないらしく、凛としたその出で立ちには『高嶺の花』なんてあだ名がついているらしい。これもあの眼鏡女の情報だ。
「……当分、お前と死んでやるつもりはねえぞ」
「ふふ。それは願ったり叶ったりね」
ナマエは口元に手を当てて嬉しそうに笑う。そんなナマエを見て顔を赤くして逆上せる野郎共に深いため息を吐いた。しかしこれで本人には自覚がないのだから、まったくタチの悪い女だ。
「そうだ。リヴァイに見せたいものがあるの。来て」
俺の手を握って早足で歩き出した。引っ張られるように歩く俺は羨望の眼差しを全身で受け止めた。『高嶺の花』とやらはいつもこんな気分なのだろうか……。
⌘ ⌘ ⌘
「どう?気に入った?」
案内されたのは、ナマエの部屋より一回りほど広い部屋。綺麗に掃除されたそこには一通りの家具が揃っている。
「なんだ。ここは」
「リヴァイの部屋だけど?」
「は?」
「見てみて。ここには掃除用具がたくさんあるの。あなた綺麗好きでしょ?あと、紅茶の茶葉は定期便を手配しているから、毎月五日に配達が、」
「どういうことだ」
楽しそうにペラペラと喋るナマエに眉間に皺を寄せると、ナマエはきょとんとした顔で首を傾げた。
「どういうことって、嬉しくなぁい?」
「この部屋に文句はない。だが、一介の兵士が使える部屋じゃないだろう」
「だって、リヴァイは第七分隊副長だもの」
「…………あ?」
突拍子もないその台詞に珍しく反応が遅れると、ナマエら悪戯が成功した子供のように笑って内胸のポケットから一枚の書類を取り出して見せた。
そこにはしっかりと「第七分隊副長にリヴァイを任命する」という文とナマエのサインが書かれていた。
「実は昨日、キース団長から内示を受けてすぐに書類を提出したの」
「さっきのプロポーズめいた勧誘は何だったんだ……」
「リヴァイがどんな顔するかなぁって」
「ちゃんと説明してから部屋を見せりゃよかっただろ」
「リヴァイの驚いた顔が見たくて」
右手で頭を押さえた。たった一人の人間にここまで振り回されるのは初めてだ。だが、それはもう楽しそうに笑うナマエの顔を見たら怒る気にもなれなくて、自分の頭から離したその手で小さな頭をくしゃりと撫でてやると猫みたいに目を細めた。
「んふふ。驚いた?」
「ああ。嬉しい驚きだ」
「……勝手に副長にしたの、怒ってない?」
「俺はお前の勧誘を受け入れた。つまりもうお前の部下だ。上司の決定には逆らわねぇよ」
「案外、あっさりしてるのね」
ナマエが僅かに目を丸くして俺を見上げた。
「でも、さっきも言ったでしょ?あなたは私の部下じゃなくてパートナー。ただ私の隣にいてくれたら、それでいいの」
あの夜と同じだ。三日前のあの夜、屋上で涙を流しながら無理に作った痛々しい笑顔。
……コイツのこういう顔を見ると、俺はどうも息苦しくてたまらない。部屋の扉を後ろ手で閉めて、反対の手でナマエを胸元に引き寄せる。トン、と俺の肩に口元をぶつけたナマエがくすくすと笑う。
「どうしたの?」
「寂しいならそう言え」
「…………リヴァイは、私の隣からいなくならない?」
俺を見上げるその潤んだ瞳が焦れったくて、そっと、出来る限り優しく、その唇を奪った。
「私、あなたの悲しみにつけ込んでるみたい……」
「それならお互い様だな。悲しみにつけ込む男は嫌いか?」
「そうじゃ、なくて、」
「言っておくが、俺は目の前で泣いてるからと言って好きでもない女を抱きしめる趣味はねぇぞ」
驚いた顔でほんのりと頬を紅潮させるその姿がいじらしくて、思わず口端が上がった。
俺自身、いつからナマエに惹かれていたかなんてわからなかったーー初めて見たときから綺麗な女だとは思っていたが。ただ一つわかるのは三日前、屋上でコイツを抱きしめたときにはもうすっかり嵌っちまってたってことだけだ。
「なあ、ナマエよ。俺の女になれ」
唇を半開きにしたまま固まったナマエ。
「嫌なら拒め。いいな?」
耳元でそう囁くと、ナマエは大きな瞳を泳がせながら小さく頷いた。どうせこんな放心状態じゃ喋れないだろう、欲しい言葉はそのうち聞かせてもらおう。
ゆっくりと顔を近づけると、ナマエはそっと目を閉じた。ふるふると揺れる睫毛すらも愛しいなんて、俺らしくない。
「愛してる」
その言葉に目を開きかけたナマエだったが、その後すぐに唇が重なって慌ててきゅっと目を瞑った。何から何までかわいい奴だ……俺は本当、どうかしちまったみたいだ。
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