誕生日の話

カーテンの隙間から僅かに見える空は真っ青で、久しぶりにすっきりとした快晴のようだった。それでも私は未だベッドの上でこうしてぼうっと窓の向こうを眺めているのだが。こういう日は恋人が「どこか行きましょう」と張り切って言ってくるのに、今日はというと



「ねぇ凛、外行かないの?」
「行きません」
「なんで?」
「今日はこうしてるって決めた日なんで」



Tシャツだけ身につけている私を後ろから抱きしめたまま動こうとしない。ちなみに彼は素っ裸だ。昨夜散々することをして疲れきって、珍しくアラームをつけず眠りについた。今朝はランニングもお休みらしい。彼より早く目が覚めた私は床に落ちていた彼のTシャツを頭からかぶって、コーヒーでも用意しようとベッドをでた直後に腕を掴まれ引き戻された。筋肉の塊みたいなこの人に抵抗は無意味なので、大人しく掛け布団の中に入りなおして凛の足の間におさまる。そしてそれから1時間、私は背中で凛の体温を感じながら窓の外を眺め続け、彼は浅い眠りと目覚めを繰り返している。ダラダラしてる凛はレアだ。



「天気いいよ、今日」
「そうみたいですね」
「ランニングは嫌だけど、散歩なら付き合うけど」
「オフなんで」
「えぇ〜…オフだからこそ自主練するんじゃないっすかって言ってたの誰…」
「オフは休むからオフなんだって言ったの、名前さんですよ」
「…ぐぅ」
「寝ないでください」



首筋を柔く噛まれ思わず振り返る。まだ少し寝ぼけ眼の凛と目があって、挨拶みたいなキスが鼻にあたる。なんだ、くそ、かわいいな。生意気言われたけど許してやるか。前に向き直り、肩口に顔を埋める凛の髪を少し乱暴に撫でてやる。しかしゆっくりするのはいいとして、こんな格好でずっとベッドにいるのはさすがに健全ではない気がする。昼間っからそういうことに及ぶのはさすがの私も恥ずかしいし終わってからの後悔がひどい予感しかしないから、なんとか凛を説得しなければ。



「ねぇ凛、とりあえず着替えようよ」
「脱がしていいんですか」
「そのあとちゃんと着せてくれるなら」
「…1時間後でも?」
「その1時間で何するつもりかな」
「いろいろ」
「今日どうしちゃったの?」
「ダメですか、こういうの」



いいながらお腹に腕がまわって、怪しい動きをしている。意識したら向こうのペースに持っていかれるため私は可能な限り冷静を装い、肌を這い上がる手のひらを優しく制止しながら話を続けた。



「日用品買いに行かなくちゃ」
「なにかありましたっけ」 
「マーケット行ってみたら、必要なものあるかもしれないでしょ」
「いま思いつかないんなら行かなくていいでしょ」



ど正論だ。手強い。いや、というかたぶん私が既に冷静でなくなってる可能性が高いな。それらしいことをひとつも言えない。それどころか凛の指先がたどる先を意識しちゃうし、心なしかお尻のあたりに当たるものが逞しくなっている気もする。凛のバカ。



「あとは?何か、しなくちゃいけないこと」
「掃除、とか」
「綺麗にしてますよ、俺」
「うん、えらいね」
「なんですかそれ」



くすくすと笑う凛。随分と余裕じゃないか。6個も下なくせに、なんで私がこんなに翻弄されてるんだ。付き合いはじめたばかりのときは、確かに私に主導権があったはずなのに。ここから先はどうしたらいいですかって、子犬みたいな目で見てきてたくせに。いつの間に立場が逆転したのか。最近じゃ「どうしてほしいですか」って煽るみたいな視線を送ってくる。私は私でそれにまんまと欲情してワケがわからなくなるまで抱き潰される始末だ。男の子の成長って怖い。



「はぁ、もういっか」
「諦めてくれました?」
「うん」
「じゃあ今から、誕生日プレゼントもらっていいですか?」
「えぇ、なんも用意してないよ」
「あります、ここに」



うなじのあたりにぐりぐりと凛が頭を擦り付ける。まさか、なるほどそういうことか。いやしかし本当にこんな、漫画みたいなことがあるのか。自分が誕生日プレゼントになるなんて現実世界では起こり得ないと思ってた。なんか急に恥ずかしい。こんなことならもっとちゃんと運動とかお肌のケアとかしとけばよかった。



「……こんなのでいいの」
「最高です」
「……あそう」
「照れてるのかわいいですね」
「それちゃんと私の目見ながら言えるのかね」
「言えますよ」



こっちむいて、なんてそんな色っぽく耳元で言うのやめてほしい。顔だけ向けるつもりだったのに、「もっとちゃんと」って言葉に逆らえず身体ごと後ろを振り返って凛に跨った。茶化したくていった言葉が墓穴を掘っていたことに今更気づく。



「なんでこっち見てくれないんですか」
「見れないんだって」
「照れてるから?」
「あーもう、満足したでしょ」
「かわいい」
「もーやだぁ」
「はは」 



高校生カップルの戯れあいみたいでだいぶ恥ずかしい。ていうかさっきからずっと恥ずかしい。女としての恥はもうある程度捨ててきてしまったと思っていたが、どうやらまだちゃんと残っているようだ。凛の肩に顎を乗せると、まだ笑っているのか小さく揺れている。さっきのお返しに首を噛んだら、「痛いです」と微塵も思ってないような声で言われた。



「誕生日おめでと」
「ありがとうございます」



ゆっくり後ろに倒されながら、僅かに差し込む陽の光を遮るように、凛がカーテンを横に流すのを目の端でとらえた。次にあけたときには外はもう日が沈んでいることだろう。明日こそはベッドから出て服もちゃんと着たいから、どうかまた快晴でありますように。