パキッ。なんか当たったな、手に。あぁ、シャー芯かよ。パキッ。いてっ、またかよ。チクチクして痛いってより痒くなるからやめろよ。今ラスボスで手ぇ放せねんだからさ。パキッ。


「「あーイライラすんなっ!」」


声を荒げたタイミングは一緒だった。まさか台詞までモロかぶりするとは思わなかったけどな。つーかなんでお前がイライラすんだよ、この場合折れたシャー芯で攻撃された俺だろうがイライラすんのは。


「なんで花巻がイライラすんの!」
「うるせー俺の台詞だバーカ!」
「人が一生懸命日誌書いてる前で暢気にゲームやってる奴がどうしてイライラするんですかぁ?」
「誰かさんがいつまでも日誌書き終わらないから帰れない上にシャー芯飛ばされたからですかねぇ?」
「ならちょっとは手伝えば」
「ヤダめんどくさい」
「我侭ボーイかよ」
「いいからさっさと書けよ、なんで一行も埋まってないの」
「あたしが知るかァ!」
「お前今日一段とうるさいネ」


普段からやかましい奴だとは思っていたし知っていたけど今日はなんというか輪をかけてうるさい。ゆるゆるだったネジをとうとう何処かに落として来たか。


「はーもーなンだよ日誌とか。今日の出来事なんて5行も書けるかアホ担任」
「授業聞いてないからそーなるんだろ」
「聞いてたって書けませーん」
「聞いてたことあった?」
「もうヤダー!お家帰りたーい!うわあああ!」


それお前が言っちゃダメなやつだからね。俺が部活ないのになんでこんな時間まで残ってるかってお前の所為だからね。ヤダヤダ喚き散らしてる間に10文字くらい書けんだろ。あ、赤井さんからライン。


「…時に花巻」
「なにー」
「あんた今彼女いないよね?」


いきなり神妙な声だしやがって、何かと思えばくだらない。やべ、くだらないって赤井さんに書いて送るトコだったわ。危ねー。


「…だからナニ」
「あっ、今ってゆーか2年の秋からいなかったか、メンゴ」
「おし、殺す」
「そこで相談なんだけどさァ」
「どうやって殺されたいかの相談?」
「明日だけあたしの彼氏になってくんない?」


俺の言葉を丸きり無視して話を進めるこいつは一体なんなんだ。自由人かよ。しかも何言ってんだ。俺が、こいつの、彼氏?


「寝言は寝て言いたまえみょうじクン」
「冗談言ってんじゃないっつーの」
「やだよ何そのめっちゃくちゃ面倒くさそうな頼みごと」
「あたしだってこんな面倒なことしたくねぇわ!!」


なんか知らないけど地雷踏んだっぽい。ぐしゃ、と無残にも日誌がみょうじの握り拳の餌食になった。


「なんっで付き合ってる奴いないからってテメェと付き合わなきゃいけないんだよ!こっちにも選ぶ権利っつーもんがあんだよチクショー!」
「待て落ち着け座れ、話が全然見えない」
「思い出しただけで腸煮えくり返るぜぇ…」


この子なんなの、本当に女子?腸煮えくり返るとか言っちゃってるけど。俺のラインの相手は「明日ヒマかな?もし時間あったら、一緒に帰りたいかも」って満点な文章送ってきてんのに、同じ性別とは思いたくない。現時点で明日はこいつの彼氏にならないで赤井さんと帰りたい気持ち100パーセントなんですが。


「何があった」
「あたしがバイトしてるのは知っているな」
「おー。ファミレスだっけ」
「そうだ。駅前のな」
「それが?」
「そこで一緒に働いている同い年の男…名は佐々木という」
「うん、佐々木は分かったけどその口調どうにかなんないの?」
「そいつが…一昨日告白してきやがったんだよ…!」


なんと。世の中には物好きが本当にいるんだな。チャレンジャーか佐々木。


「マジ、良かったじゃん。そいつを逃したらもう二度とチャンスはないぞ」
「お前本当埋めるぞ」
「それでなんで俺がお前の彼氏になることに繋がるんだよ。そいつになってもらえばいいだろ」
「そいつと付き合いたくねぇから言ってんだよ!」
「じゃぁ断りゃいいじゃん」
「断ったんだよ!!何度も!何度も!!マジで無理だからって何回ラインで送ったと思う?!」
「知らないけどネ」
「軽く20回は言った!なのにあの野郎「それは無理(笑)」しか返して来ねぇんだよ笑えねーよフザけんな!」
「おいそれ俺のシャーペンだから。折らないで。」
「見ろよこの通知の数、60だぞ!そのうち58件は佐々木からだから!訴えていいかな?!」


おぉ、これはホントにすげぇ。「お前と付き合えないとか無理だから(笑)」ってマジで書いてる。さすがにヒいた。


「挙句バイト先でも迫ってくるから、あたしはビシっと言ってやったんだよ…」
「なんて」
「彼氏いるから無理!ってな!」
「あー」
「そしたらあいつ、じゃぁ連れてきてよ(笑)とかぬかしやがったんだよマジ腹立つ!!」
「そこはカッコ笑いいらねぇだろ」
「嘘だと思ってる辺りがイチバン腹立つ!!」
「しゃぁねぇじゃん、嘘だし」
「だからルックスも頭もスポーツも良いっていう完璧彼氏を連れてってザマァみやがれって言いたい!というわけでヨロシク!」


ヨロシク、じゃねぇよ。勝手に決めんな、の意をこめて差し出された手をバシンとはたいた。しかしコイツ何気にスゴイことサラっと言ったな、恥ずかしげもなく。ちょっとでもいい気になった自分がムカつくわ。


「分かった、じゃぁ報酬を用意しよう」
「どんな」
「シュークリーム奢る!」
「何個?」
「何個…え?」
「え、まさか一個とかじゃないよね?そんな大役やらせて」
「チッ」
「聞こえてるっつーの」
「分かった、じゃぁ二個」
「うーん」
「…さ…三個…!」
「どうしよっかなー」
「なっ…くそー、わかったよ五個でどうだー!」
「乗った」
「まじ!?」


パァっとそれはもう周りに花が咲き誇ったかのような表情をするこいつはさっきまでとまるで別人だ。良くこうコロコロと表情変えれるもんだな。これでやっぱヤダっつったらまた烈火のごとくキレんだろな。あ、やべ、変なスイッチ入りそう。


「あーでも明日赤井さんに一緒に帰ろうって誘われてんだよな〜」
「なにっ?!」
「最近良い感じなんだよね〜」
「待て待て待て予約的にはあたしのが早かったはずだよねそうだよねどうなの?」
「うん、お前の方が先」
「じゃぁっ…!」
「でもなー。ここで断ってお前の彼氏のフリして誤解されてもねぇ〜」
「そ、そこはホラ!あたしからそれとなく言っておくよ赤井さんに!」
「話したことあったっけ?」
「……ないケド」
「知らない奴にいきなり言われても怪しさ満点じゃん」
「頼むよおぉあたしを見捨てないでぇぇ」


もしこいつに今獣の耳がはえてたら、こう頭にぴったりくっつく感じでぺしゃんこになってんだろーな。そんぐらいの落ち込み具合。目をうるうるさせながら懇願するみょうじはまさしく犬そのものだ。


「なんでもするからぁ!」
「…言ったな?」
「言った言ったなんでもするよ!命とお金が関わること以外なら!」
「なんでもじゃねぇじゃん」
「細かいことは気にすんな!一週間パシりとか超喜んでやる!」
「……あー、じゃぁさ」
「うんうん」
「ホントの彼氏にしてくれんだったらいいよ?」


深い意味は無い。こいつがどんな顔して断ってくるかとかどんな焦った顔するかが見たくて言っただけ。


「……っ、」


なのに、なんだコレは。なんだコイツは。顔も耳も、首までもが真っ赤に染まりあがった。


「はっ、…な、…なに、」
「…日本語話せよ」


バカじゃねぇのマジで焦りやがって、目ぇキョロキョロさせんなよ。挙動不審かよ。は、とか、わ、とか何も言葉になってねぇし。


「あっ、お、落としちゃった…」
「なにやってんの」


手からシャーペン落とすわ拾い上げてまたすぐ落とすわ、立ち上がるとき机の角に頭ぶつけるわで目に見えて動揺している。「もうヤダ」とか良いながら流れる髪を耳にかける仕草が可愛い。…は、なに、可愛いって。俺はバカか。相手はみょうじだぞ。可愛いってのは赤井さんみたいな女子のこというんだろ。見た目も中身も彼女の方がずっと上だろ。こんな、俺のこんな一言にここまで慌てて顔真っ赤にして目も合わせられなくなるような女を、可愛いなんて、


「…あ…あの、花巻、」
「…なに」
「……それ、本気…?」


何言っちゃってんの?んなわけねぇじゃん、冗談に決まってる。


「本気だけど?」

ロマンス
5秒前