落下星

目が離せなかった。その表情の移り変わりから。その人は黒い帽子と黒いコートを身につけ、夜の中でも輝く金色の髪をしていた。正に異国の人間ですと言わんばかりの様相だ。見つかってはいけないと思うのに、私の体はどんどん前のめりになっていく。星をみるために持ってきていたオペラグラスの向こうで、それまで眉をよせた難しい表情だったのが、柔らかく、少しだけ悲しい色を滲ませた笑顔になった男に視線を奪われた。星を見つづける彼と、彼に釘つけになる私。そんな静かな時間に終止符を打ったのは、私の足元の枝だった。あまりに夢中で、悲鳴をあげていたことに気付かずにいた。我に返ったときにはメキメキと大きな、取り返しのつかない音をあげながら、長く確かなひびが広がっていく。頭上に伸びる別の枝に掴まろうと膝を伸ばせば、それが決定打となり、枝は無残にも根本から折れ私の体は宙に放り出された。


「わああ!」
「ん…っえぇ!」


もうダメだ。いろいろとダメだ、終わりだ。目をぎゅっとつぶり、願わくば強い痛みを感じる前にこの世を去れますようにと祈る。するとどうしたものか、落下時特有の浮遊感はなくなったものの、身体はいつまでたっても地に着かないままだ。もしかして本当に祈り通りになったのかも。やり残したことは様々だが、この際いいだろう。あの街で、あの家で生きつづけるよりずっとずっとマシだ。もしかしたら向こうの世界でお母さんにも会えるかもしれない。そう考えれば死も楽しいものと思えてきた。死後の世界などないと豪語していた家庭教師達め、ざまぁみろ。天国とは一体どんな所だろう、期待に胸を膨らませ、ゆっくりと目をあける。最初に飛び込んできたのは、白。やっぱり天国は白い世界なのかと思ったが、すぐにこれは自分の衣服の色だと気づく。ふわふわと揺れる胸元のリボン。それから、目の端ではためく白のジャボタイ。これは私のじゃないな。恐る恐る視線を右にずらしていく。見えたのは青いシャツと黒いコートの襟、そこから覗く肌色。この組み合わせ、すごく見覚えがある。高くなる心拍数と上がる息をなるべく押さえながら私はやっと顔をあげた。揺れる金髪と私を覗き込む二つの目が、そこにあった。


「あんた、大丈夫か」
「あ………はい」


それならいい、と彼が言い、私はその人に抱かれたまま着地する。それからゆっくりと身体が降ろされやっと足が地に着いた。いつもの庭だ。死んじゃいなかったようだ。ホッとしたような少し残念なような。しかし痛い思いをせずにすんだのは間違いなく彼のおかげなので、礼を言うべく顔をあげた。目が合うと彼は何かを隠すように、帽子の鍔を指ではさみ目深に被り直した。


「あの、ありがとうございました、助けていただいて」
「いや、いい。それより、ここはあんたの家か?」
「えぇ、そうですけど」
「…そうか、悪かった。ここへは雨宿りをと思って来ただけなんだ」
「なんだ、そんなこと」