ラララ、ランデブー

彼の言葉に一喜一憂し、目線を辿っては落ち込んだり目が合っただけで舞い上がったり。そんな恋が自分にも訪れるなんて思ってもみなかった。まさかそれが実るとも。1年経っても気持ちは恋に落ちた時と変わらず、むしろあの頃よりも大きく膨らんだ想いに時々戸惑うこともある。でも彼はあたしだけじゃ処理できない溢れる好きを1つ残らず受け取って、愛をぎゅっと凝縮して返してくれるのだ。



「松川先輩、」
「おー、どした。3年の教室来るの珍しいな」
「ちょっと話がありまして」
「なに?」
「…ここじゃ、ちょっと」



手を引っ張り席を立たせ、そのまま教室を出る。何も言わずあたしにされるがままの先輩を誰もいない教室に押し込んで、大きくて広い胸に顔を押し付けた。背中に回した腕に力を込めれば、先輩も同じようにしてくれる。出来ることなら教室でしてやりたかったけど。入り口で先輩を呼ぶあたしをギロリと鋭い目で睨んできたあのヒトの目の前で。



「どうした?」
「…こうしたかっただけです」
「妬いちゃった?」
「何がですか」
「俺が告白されたの聞いたんだろ」
「……あたし、性格悪いですね」
「なんでだよ」
「わざわざ教室まで行ったの、見せつけたかった気持ちもあったので」
「俺にとっちゃ最高の愛情表現だけどね」



こんなことしても先輩は嫌な顔ひとつしないし、こうやって優しい言葉をあたしにくれる。予鈴を合図に離れた体が少しだけ寂しい。「また後でな」と笑って先輩はおでこにキスをしてくれた。



「おかえり」
「なんでいるんですか」
「中庭行くトコ見えたから」
「…そうですか」
「おいで」



放課後、違うクラスの男子に告白されて教室に戻ったら何故か松川先輩がいた。先に帰っていいよって言ったのに。言われたとおりすぐ傍まで近寄ると、大きな手が頭を撫でる。お疲れさん、とだけ言って小さく笑ってからあたしの左手を取って歩き出す。先輩は何も聞かないし何も言わない。妬いたとかそういうことは一切。年齢はひとつしか違わないのに、どうしてこんなに違うのかな。いつだって先輩は余裕だ。自分の子供じみた好きが、時々恥ずかしい。あたしだって大人になりたい。先輩が余裕をなくすところが見てみたい。



「どうしたらいいんでしょう」
「まさかそれを俺に聞いてくるとは思わなかったよね」
「こういうことは及川先輩だと思いまして」
「任せなさい」
「よろしくお願いします」
「まぁまっつんだって健全な男子高校生だからね、大人ぶってるだけだから」
「そうでしょうか」
「当たり前ジャン。頭ん中じゃあんなことそんなことでイッパイだよ」
「…及川さんだけじゃないんですか?」
「ウン、今のは聞かなかったことにしてあげるけど次はないよ?」
「ありがとうございます、口が滑りました」



その後及川先輩に伝授された必勝法なるものを試すべく、受験勉強のため図書室にいるという松川先輩のもとへ急いだ。ポイントは上目遣いと、小首をかしげる角度は45度。何度も反芻し念仏のように唱える。45度、45度。腕を首にまわすのも忘れずに。



「松川先輩、」
「あれ、先帰ったんじゃなかったの」
「はい、少し及川先輩と話をしてまして」
「…変なこと吹き込まれてないだろうな」
「どうでしょう」
「すげぇ不安」



あたしと先輩以外いないなんて、天もあたしの味方をしてくれているらしい。神様だってきっと松川先輩の戸惑う顔が見たいのだ。あたしでは到底届かない位置にある本を軽々取り出す先輩がこちらを向く。太くて逞しい首に精一杯伸ばした腕を絡めた。「おっと、」と言いながら腰をかがめてくれた先輩はやっぱり優しい。さっきより少しだけ、先輩の顔が近くなった。



「どうした、いきなり」
「キスして、一静」



目線だけで上を見やり、ほんの少し首をかしげた。45度、だ。教えられたとおりにやったわけだけれど、コレってだいぶ恥ずかしいことに今更気づいた。でもまぁ全ては遅い。もうやってしまったのだから。しかし先輩は一向に何もしてこないし何も言わない。あれ、おかしいな。「いや?」追い討ちをかけるように聞いたら、カァっと先輩の顔が赤に染まった。うわ、これって、



「…照れて、るんですか」
「言うな」
「あはは、可愛いですね」
「…お前もう喋るな、少し」
「良いもの見れました」



及川先輩はスゴイ。明日何かお礼をしなくては。こんな先輩はきっとこの先もう拝めないだろう。首に巻きつけたあたしの腕を払いのけて、両手で顔を覆う先輩がなんだか小さく見える。隠しきれていない耳は相変わらず赤だ。



「落ち着きましたか」
「なんとか」
「残念です」
「うるさいよ」
「えー」
「とりあえず及川は明日シバき倒す」
「可哀相」
「お前に変なこと吹き込んだのが悪い」
「新鮮だったでしょ?」
「心臓に悪いわ」
「どうして」
「可愛いすぎて」
「…褒めてももう言いませんよ」
「お前が照れるなよ」
「うるさいです」
「そういやキスしてほしいんだったっけ」
「もういいです」
「遠慮すんなって」
「いいですってば」
「ダメ、俺がしたくなったからする」
「勝手な」
「お前もな」



「それだけで済むと思うなよ」目の色が変わってギラリと光る。そんな、男のヒトを感じさせる先輩も初めて見た。背中が一瞬ゾクリとして、このあとのことに少なからず期待している自分がいる。