待ちわびてキス

「そーいや名前は大地とどこまでいったのー?」



床に散らばった本とかゴミとか兎に角汚い部室を綺麗にしようと掃除をしてたら、そんなのお構い無しに真横で着替えてる菅原に唐突に爆弾を投下された。この人おっとりしてそうでこういうこと平気でやるから嫌なんだよ!



「えー?あ、あぁ!仙台までこないだ行ったよー。なんか大型のスポーツショップ見に」
「そっかぁ。0点!」
「あらー。過去最低点」
「面白くないし今そういうのいらない」
「覚えてろよこの泣きぼくろ」
「なんだって?」
「嘘だぴょん」
「可愛くないからマイナス30点」
「思ったよりマイナスじゃない」
「いやーあんまり低いとさー、大地に聞かれてたりしたら後が怖いじゃん」



そんな理由かい。もし大地に聞かれないようなシチュエーションだったら一体何点を叩き出していたのか気になるところでもある。だってマイナス30点て微妙。リアクションしづらいわ。



「で?」
「え?」
「どこまでいったの?」
「言いたくない」
「あー、手しかまだ繋いでないのか」
「怖い!東峰、この人コワイ!」
「おおお落ち着けそして俺にふるなよ!」
「そんなことだろーと思ったわ」



なんとなく聞き捨てならなくて睨んだら、まぁ大地だしなーなんてヘラヘラ笑ってた。うん、あんた笑ってるけどあたしソレ割と本気で悩んでるところだからね。付き合ってもうすぐ半年なるのにキスもしてないってどうなの。中学生じゃないんだよ?もう18歳なんだよ。アダルトな映像見ても許される年齢なのに未だ手しか繋いだことないなんてピュアすぎてどうしていいか分かんないです。



「つまりお前はキスされて押し倒されてあんなことこんなことされたくて仕方ないと」
「すっごく語弊がある言い方やめてくれないかな菅原くん」
「え、違うの?」
「違わないけど!その言い方だとあたしがめちゃくちゃ変態みたいじゃん!!」
「え、違うの?」
「きいいいいい!!!この菅原をさくらちゃんに見せてやりたい!!この!ムカつく!顔を!」
「さくらはそういう俺も好きって言ってくれるよ」
「そんならあたしだってねぇ!」



あたしだって、そういう下品なこと考えてる変態みたいなお前も好きだよ。なんて、果たして、大地は、言ってくれるの、でしょうか。果たして、大地は。そんな、あたしも、好き、と、



「……くうぅう……っ!」
「まぁ泣くなよ。大丈夫、大地は俺が幸せにしてやるからさ」
「違う!思ってたのと慰め方ちがーう!ってゆーかあんたはさくらちゃんだけ幸せにしときなよ!欲張り良くない!!」
「そういうスガはさくらちゃんとどこまでいったの?」
「…はっ、バカ、東峰!それ聞いちゃ、」
「え、俺?あー……うん、とりあえず気持ちよかったかな」
「ほらああああ!!見てよこの勝ち誇った顔!イライラするぅ!」



悔しくて思わず地団駄を踏んだ。なんだコイツなんだコイツ!着々と大人の階段登って行ってさ…!あたしより後に彼女できたはずなのにさ!!なんでそんなに先に行っちゃったんだよ!!キャー、昨日大地とキスしちゃった!えー、俺まだ手しか繋いでねぇよぉ!みたいなキャッキャウフフな会話したかったのに!できないじゃん!



「女子とやれよ」
「それに名前たちより後って言っても4日後だったしなぁ」
「いいよ!もうこの際そんなもんはどうでもいい!」
「必死か」
「必死にもなるわ!だって…だって…!!」
「手を出してこないってことはあたしに魅力が無いからってことでしょぉ?!」
「裏声やめれ!あぁそうだよ!その通りだよ!どうせ巨乳じゃねぇよ!んだよ!このポスターなんざこうしてやるぅっ!」
「や、やめろ!モノに当たるな!」
「離せヒゲぇぇぇ!こんなやつがいるから…!あたしは大地にそんな風に見てもらえないんだ…!」
「あーあ…アイちゃん真っ黒んなっちゃった」
「ざまぁみなさい白鳥アイ!アイドルなんか滅亡しろ!」
「落ち着けアホ」



がすんと結構な勢いで平手が頭に振ってきた。おかげで冷静になれたけどまじで覚えてろな菅原。この痛みは忘れねぇ。恨みを込めた目を向けたらより怖い笑顔で見つめられた。無理だ。復讐は諦めよう。大人しく正座をして座ると、その前に菅原と東峰が座った。なんだかんだ言いつつ話は聞いてくれるらしい。いい奴。むかつくけど。



「何をそんなに焦ってんだよ」
「そうだよ!第一まだ高校生なんだしさ…」
「…焦ってるわけじゃないし」
「じゃぁ何?」
「早く経験したいとか、そんなんじゃない」



ただ純粋に、大地に触れて欲しいだけなんだ。好きな人に触れて欲しいと思うのは可笑しいのだろうか。もっとずっと近くで感じたい、抱きしめて欲しいしキスして欲しい。ひとつになりたい。そう思うのはやっぱり違うんだろうか。盛りがついたヤリたいだけの高校生と変わらないんだろうか。それなら自重しようと思うけど、もう大地のことが好きすぎてどうしていいか分からない。これから知る初めてのことは全部大地とが良いって思うのは、重い女だからでしょうか。



「名前…」
「痛くても全然いい。それすらも大地なら快感にしてくれるはず。もうめちゃくちゃにしてほしい」
「感動返せ今すぐに返せ時間を戻せ」
「無茶言うなよ」
「お前はなんで真面目になりきれないんだよ」
「え、大真面目だけど」
「うん、ごめんな。俺が間違ってたな」
「東峰、この人やっぱりムカつくよ」
「だから俺にふるなって!」



ゴンッ。恐ろしく痛そうな音が部室に響き、小競り合いしていたあたしと菅原は声を飲み込んだ。東峰は部室の角まで逃げた。な、なに。何が起きた。誰かいるのか。も、も、もしかしてドロ…おおぉぉぃい!菅原!何やってんだよ!開けんなよ!勇者か!?おっかない人出てきたらどうすんだよ!



「あれっ、大地何やってんの?」



なんだって?ワンスモア。セイ。



「だーいーち。おーい」
「…あ、あぁ、スガか…」


んなぁんてこったぁ!まさかのご本人様登場じゃぁねぇか!こんな話したあとに普通に大地と話せると思う?思わないよね!うん!だって無理だもん!何してんの大地!



「スガ、俺は色々と思い違いをしていたようだ」
「あのさぁ、一応聞くけどいつからいた?」
「15分程前だな」
「…コレやるよ。がんばれ、大地」
「おう、サンキューなスガ」
「おーい旭、帰るぞー!」


何?何々?!二人でなにコソコソ話してたの?!すっごい気になる!話の内容とか、菅原が大地になんか渡してたのとか、大地の目が完全に据わってるのとかぁ!?



「あ、あたしらも帰」
「名前は俺とここに残る」
「なんでっ?!用ないけど?!」
「俺はあるんだよ」
「へ、へぇ。あたしは無いから今日は先に」
「じゃぁなー。頑張れよー」
「人で無しかぁ!?」



ぱたり。静かに閉められた扉にコレほどまでに絶望したことはあるだろうか。いや、ない。きっと後にも先にも今日だけだろう。後ろを振り返るのが怖い。



「名前」
「は!?ハイィ!?」
「落ち着け」
「おおおおおおおち、おちついてるよっ!?」
「そうか。俺は落ち着いていられない」
「何言ってんの?!」
「…俺はずっと勘違いしてたんだな」
「え、っと、何の話でしょうか」
「女子は、そういうことは初めての場合すごく怖がるからあまりガツガツいかないようにするべきだと思ってた」
「待って、一個聞いて良いかな」
「なんだ?」
「さっきの、聞いてた?」
「あぁ」



アウトー!!!



「ちちちち違うんだよぉ大地!ちがう、決してあたしはそんな、ああああごめん謝るから忘れてえぇぇ!!」
「遠慮、しなくていいんだな」
「だからごめ、…え?」
「もう我慢しなくていいってことだろ?」
「や、あの、ってゆーか、ちかっ」
「逃げるな」



近づいてくる大地になんとなく後ずさると、それ以上距離を広げるなとでも言うように腕を力強く掴まれた。あたしは止まる、大地は止まらない。肩にかけていたエナメルを乱暴に床に置く。ドサリとそれなりに大きな音を立てて着地してビクリと震えた。緊張しているのか、期待しているのか。どれに当てはまるのか分からないけれど、鼓動は確かに速度と音量を増していく。嫌なら大声あげろよ、と、その声さえも男らしくて格好よくて、何処をどう探しても嫌の文字は見つからなかった。きっともうすぐ、待ちに待った瞬間が訪れるのだ。



ちわびてキス



「ねぇ、さっき菅原から何もらったの?」
「コレ」
「…バッ…カじゃないのアイツ?!」
「いい性格してるよな」
「最低!サイテー野郎!」
「…それじゃ、今から使おうと思ってる俺は何になる?」
「え、……え?」
「痛みも快感になるくらい、めちゃくちゃにされたいんだろ?」
「ここ部室だから!?ちょっと、待っ」